井上修一

旅行から帰った後、作品となって現われるそこここのシルクロードの風物は、私の目に映った現実の光景とは多くの場合異なっていた。父の想像力による意味付けと糖衣がなされ、実際よりも美しいことが多かった。よく言えば現実の奥に潜む悠久の真理が描かれているということかもしれない。しかし悪く言えば現実は父の史的イメージを造形するためのマテリアルになってしまっていた。
父は目前の現実社会に対しては通りすがりの旅行者としての立場を捨てようとはしなかった。それ以上の関心がなかったのである。たしかに取材やメモは克明にした。しかし長年思い続けてきた地に初めて足を踏み下ろした父は、自分の作り上げたその土地のイメージから外に出ようとしないように見えた。思いが強すぎるから、目の前の現実にまで注意が及ばないといった風であった。
父は多くの場合、日常的現実を体験する必要を感じていなかった。いつも何らかのフィルター越しに見て満足していた。
父の人生は極論すれば形而下の現実を完全に切り捨てたものである。人生も文学も現実を犠牲にしてはじめて可能になる類のものであった。その意味からすれば旅先のホテルの中に身を置き、ホテルの窓から下の町を眺めている父の姿は、案外父の本当の一面を表していたのかもしれない。

One thought on “井上修一

  1. shinichi Post author

    InoueYasushiCoverシルクロード紀行(上)
    by 井上靖
    解説: 福田宏年『井上靖との旅』

    シルクロード紀行(下)
    by 井上靖
    解説: 井上修一『旅の父』
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    旅の父

    by 井上修一

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    旅行から帰った後、作品となって現われるそこここのシルクロードの風物は、私の目に映った現実の光景とは多くの場合異なっていた。父の想像力による意味付けと糖衣がなされ、実際よりも美しいことが多かった。よく言えば現実の奥に潜む悠久の真理が描かれているということかもしれない。しかし悪く言えば現実は父の史的イメージを造形するためのマテリアルになってしまっていた。

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    父は目前の現実社会に対しては通りすがりの旅行者としての立場を捨てようとはしなかった。それ以上の関心がなかったのである。たしかに取材やメモは克明にした。しかし長年思い続けてきた地に初めて足を踏み下ろした父は、自分の作り上げたその土地のイメージから外に出ようとしないように見えた。思いが強すぎるから、目の前の現実にまで注意が及ばないといった風であった。地元の人から夕食に呼ばれても、父はその人が作家でもない限り、まあ疲れたから今日はホテルに帰ろう、というようなことを言った。今思えば実に羨ましい精神状態だが、当時の私にはそれが物足りなく思えたのである。
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    父は多くの場合、日常的現実を体験する必要を感じていなかった。いつも何らかのフィルター越しに見て満足していた。それが学問というフィルターの場合もあれば、歴史や芸術という名のフィルターの場合もある。フィルターを使えるということは長所であるが、フィルターを外せないということは短所である。そこが気になった私は、読みかじっていたヘミングウェイを例にして批判したことがある。
    。。。
    父はもちろん大変腹を立てて、言下に私の見方を否定した。はじめて中国に行ったとき、ホテルのエレベーター・ボーイは仕事をしながら勉強していた。客が乗って来ると本から目を離し始動させる。その姿を見たとき、当時の日本がすでに失ってしまっていた貧しさと向学心が中国に生きているのを知った。それ以来、中国に対する信頼と敬愛の念が不動になったと言う。つまり自分の中国への関心は、現在の中国の現実に根ざしたものだ、と言うのである。

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    父が現実の中に入って行こうとしなかったのは、なにも旅行中とか文学の中だけのことではない。実生活においても同じであった。だから同時代に対する父の関心は、相手が人間であれ、人生一般であれ、社会であれ、どこか傍観者的なところがあった。自分自身の一生に対してもそれは変わらなかった。現実の人生など、土壇場になれば失っても怖くはなかったのだ。だからこそあの臆病な性格で、無頼にして豪放磊落な生き方が可能だったのである。
    現実が鬱陶しかったこともあるに違いない。子供を愛したが、子育てはしなかった。親思いではあったが、手を貸すことはしなかった。新聞記者ではあったが、世事世相に疎く、出世競争から下りていた。世を憂いはしたが、政治に無関心で投票場に足を運ぶことはなかった。体は酷使したが健康には配慮しなかった。そして三十余年住んだ東京の自宅の住所をついに正確に覚えることがなかった。
    父の人生は極論すれば形而下の現実を完全に切り捨てたものである。人生も文学も現実を犠牲にしてはじめて可能になる類のものであった。
    その意味からすれば旅先のホテルの中に身を置き、ホテルの窓から下の町を眺めている父の姿は、案外父の本当の一面を表していたのかもしれない。

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