加藤周一

18世紀の前半、大阪の懐徳堂系統の人で富永仲基という若い学者がいて、彼は「翁の文」という小さい本を書いて、中国とインドと日本、つまり儒教的文化と仏教的文化と神道的文化との比較をしている。そのなかで、彼は”くせ”という言葉を使って、中国人のくせは、ものを誇張することだ。だからみんな真に受けるとばかげたことになるというのです。それから、インド人はありもしない空想的なこと、超現実的なことをいうからこれを真に受けることはできないといっている。
さて日本のくせはどうかというと、ものを隠すのがくせだというのです。秘伝だとか、宗家、本家が特別な弟子にしか教えないなどといって日本ではやたらと隠す。この隠すというくせは、泥棒などもよく行うくせで、まことにくせのなかでもはなはだ劣れるものなりといっています。つまり情報公開に反対の伝統は、日本では富永仲基の観察が正しいとすれば、少なくとも18世紀前半から今日まで続いてきたのです。

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