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取引先や同僚のものわかりが悪い、とけなすビジネスマンの言葉。友達や先輩後輩の失敗をあげつらう高校生たちのやりとり。ファミレスの窓際のテーブルに陣取って、幼稚園や学校をあしざまに言いつのる母親同士の会話。相手の言い分をこき下ろすだけのテレビの論客や政治家たち。
ここには共通する、きわだった特徴がある。はしたない言い方をすれば、どれもこれもが「自分以外はみんなバカ」と言っている。自分だけがよくわかっていて、その他大勢は無知で愚かで、だから世の中うまくいかないのだ、と言わんばかりの態度がむんむんしている。私にはそう感じられる。
高度産業社会を経験した人々は、こういう心性を抱え込むのかもしれない。そこでは、だれもが何かの専門家として学び、働き、生きている。金融の、製造の、営業の、行政の、政治の、そうでなかったら消費のプロだ、あるいはそのつもりだ。かぎりなく細分化した一分野に精通しているという自負はだいじだが、それがそのまま周囲や世間に対する態度となる。
この現実はやっかいだ。自分以外はみんなバカなのだから、私たちはだれかに同情したり共感することもなく、まして褒めることもしない。こちらをバカだと思っている他人は他人で、私のことを心配したり、励ましてくれることもない。つまり私たちは、横にいる他者を内側から理解したり、つながっていく契機を持たないまま日々を送りはじめた。
内在する歴史や矛盾を切り捨て、自己の責任や葛藤を忘れて、威勢よく断じるだけの態度が露骨となる。