IoT は,モノや人や環境の安全管理や最適化に役立つ一方,それが悪用されたり管理が不十分だったりすると重大な社会問題を引き起こす可能性がある。
悪用される例としては,①盗撮盗聴(隠しカメラ映像を拡散しプライバシーを侵す等),②通信妨害(多数の機器から大量データを一斉送信し回線をパンクさせる等),③偽情報配信(偽造データを送信して社会を混乱させる等),④情報搾取(無線を傍受し機密情報を盗む等),⑤事故誘導(無人飛行機に偽の誘導信号を送って墜落させる等),⑥テロ(自律運転カーを遠隔操作してテロを引き起こす等),⑦サイバー攻撃(通信機器に不正なソフトを入れ動作不能にする等)などが想定される。
管理不十分による事故の例としては,①ハードウェア故障(センサーが壊れて誤ったデータが集計される等),②ソフトウェア不良(長期連続使用すると停止する等),③設定ミス(送信先を間違えて設定しデータを誤送信・紛失する等),④運用ミス(常時監視中の回線を誤って切断する等),⑤通信の渋滞(映像を送るカメラが多数設置されモバイル回線がパンクする等),⑥盗難・紛失(通信機器が盗まれて行方不明になる等),⑦互換性の欠如(独自仕様システムが乱立し相互接続不能になる等)などが考えられる。
広い分野で使われる IoT システムが,こうしたリスクを考慮せずに作られ運用されると,人権が侵害されたり,社会が誤った情報に振り回されたり,仕事や生活に必要な通信が途切れたり,犯罪に巻き込まれたりする事件や事故が頻発し,安心・安全が脅かされる。特にサイバー攻撃については厳重な警戒が必要で,政府も IoT セキュリティガイドラインを策定し対策を呼びかけている。
IoT への期待と課題~IoTシステム開発者・利用者の心得~
by 境野哲
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jkg/67/11/67_560/_pdf
5.IoT のリスクと弊害
5.1 人類史における科学技術の功罪
有史以来,人類は様々な技術を開発し利用することで困難を克服し生活を豊かにしてきたが,それらの技術は必ずしも平和的人道的な目的にのみ利用される訳ではなく副作用も伴う。例えば,車は便利な移動手段だが,大気汚染や気候変動を引き起こした。原子力は電力の安定供給に貢献したが,核兵器や原発事故が人々に恐怖を与えている。
このように科学技術は,私たちの生活を便利で豊かにする反面,人や生態系に危害を加える負の側面も持つ。新しい技術の開発者や利用者は,そのことを常に念頭におき,技術の弊害やリスクを予見して人々に注意喚起し,被害の予防策を考えて社会に提唱する責任がある。IoT や AI の技術も,その例外ではない。
5.2 IoT に潜むリスク
IoT は,モノや人や環境の安全管理や最適化に役立つ一方,それが悪用されたり管理が不十分だったりすると重大な社会問題を引き起こす可能性がある。
悪用される例としては,①盗撮盗聴(隠しカメラ映像を拡散しプライバシーを侵す等),②通信妨害(多数の機器から大量データを一斉送信し回線をパンクさせる等),③偽情報配信(偽造データを送信して社会を混乱させる等),④情報搾取(無線を傍受し機密情報を盗む等),⑤事故誘導(無人飛行機に偽の誘導信号を送って墜落させる等),⑥テロ(自律運転カーを遠隔操作してテロを引き起こす等),⑦サイバー攻撃(通信機器に不正なソフトを入れ動作不能にする等)などが想定される。
管理不十分による事故の例としては,①ハードウェア故障(センサーが壊れて誤ったデータが集計される等),②ソフトウェア不良(長期連続使用すると停止する等),③設定ミス(送信先を間違えて設定しデータを誤送信・紛失する等),④運用ミス(常時監視中の回線を誤って切断する等),⑤通信の渋滞(映像を送るカメラが多数設置されモバイル回線がパンクする等),⑥盗難・紛失(通信機器が盗まれて行方不明になる等),⑦互換性の欠如(独自仕様システムが乱立し相互接続不能になる等)などが考えられる。
広い分野で使われる IoT システムが,こうしたリスクを考慮せずに作られ運用されると,人権が侵害されたり,社会が誤った情報に振り回されたり,仕事や生活に必要な通信が途切れたり,犯罪に巻き込まれたりする事件や事故が頻発し,安心・安全が脅かされる。特にサイバー攻撃については厳重な警戒が必要で,政府も IoT セキュリティガイドラインを策定し対策を呼びかけている。
IoT システムを構築する技術者は,このようなリスクを想定し,事件や事故の発生を予防し被害を最小化するために,その対策を設計段階から考慮し実装しておかなければならない。
5.3 IoT や AI の普及に伴う新たな社会問題
今後 IoT や AI の技術が進化し誰でも簡単に安く利用できるようになると,これまで人間が頭脳と体を使って行ってきた作業(例えば車の運転やガーデニング等)が自動化され,仕事も生活も便利で楽になる。そのとき私たちがよく考えなければいけないことは,「果たしてそれで人は幸せになれるのか?」という命題である。
私たち人類は,自給自足の時代には自分で行っていた衣食住の調達・製作を他人や機械に任せることで時間の余裕を作り,その労働時間を家庭や地域の外に提供して分業を進め,様々な便利なモノを生産し,衣食住のみならず教育・治安・医療・娯楽などのサービスを提供するようになった。さらに,蒸気機関・エンジン・モーターなどの動力とコンピューターで作業の効率化・省人化・自動化を進め,少ない人手=低コストでモノやサービスを提供できるようになった。それにより人々は家内労働から解放され便利でラクに暮らせるようになったが,分業・効率化・自動化を徹底した結果,新たな問題が懸念されるようになった。それは,雇用機会の減少(失業)と人間の能力の低下(退化)である。
いま世界には若者の約半数が失業している国もある。その背景には,農業の機械化,工業の省人化,商品販売や決済の電子化,国際分業の進展などによる労働力過剰がある。かつては「人の欲望は無限だから,業務を効率化すると未解決のニーズに応える新しい産業が生まれ雇用が増える」と信じられていたが,社会が成熟した今日では未解決のニーズや新しい産業を見つけるのに多くの国が苦労しており,大きな雇用の創出は難しい。
機械やコンピューターに依存するあまり人間の運動神経や思考力が低下してしまう懸念もある。乗物を使う機会が増えゲームやスマートフォンの利用時間が長くなった子供は体力が低下している。パソコンでばかり文書を作っていると漢字が書けなくなる,カーナビに頼ると地図が読めなくなるという話もよく聞く。様々な仕事がコンピューターで管理されて単純労働の割合が増え,長く働いても熟練技術や知識が身に付かないため賃金が上がらず労働意欲が下がるという問題も指摘されている。あらゆる機械が電子制御されるようになった結果,運用者に機械の原理や構造が見えなくなり,工場などで装置の異変を見つけて適切に対処し事故を未然に防げる人材も減っている。
このように,人類は産業革命で豊かさを得た一方で,合理化による「失業」や技術依存による「退化」の不安を抱えることになった。IT の力で効率化や自動化を極限まで進める IoT や AI の普及がこの問題を助長する可能性がある。私たちは,効率化・省人化・自動化こそが善であり美徳であると盲目的に考えるのではなく,どんな目的でどのように使えば人を幸せにできるのかを冷静に考えた上で,この技術を扱わなければならない。
(sk)
悪用よりこわいのは、いいと思ってしたことが社会を変え、その変化が人の生活を変えること。
変化を正確に予想できる人はどこにもいない。