弁護士事務所が多くの時間を費やしてきた「判例の調査や関連法律・条文の洗い出し」は AI の得意分野であり、契約書や裁判所への提出書類のドラフトの作成が IT システムの得意分野であることがわかってくると、弁護士事務所へのテクノロジーの浸透が急激に進み、先進国では法曹分野でブロックチェーンを使う動きまで多く出てくるようになった。
医療分野での AI の利用は他の分野より進んでいて、外科手術のなかには多くの AI の利用が見られ、よく知られている画像システムや診断システムのなかには AI が内蔵され、薬の情報や病院経営のデータベースはブロックチェーンに置き換えられ始めている。
大学も変化の外に留まることはできない。世界的に興味が集まる最新の講義をオンラインで聴くことができるというのに、なぜ自分の大学の授業だというだけの理由で興味を持てない講義を聴かなければならないのかという土木な疑問に大学関係者は誰も答えられないでいる。
テクノロジーによる社会の変化が、弁護士や医者、大学教授といった職業にさえ影響を及ぼしかねない。特定の職業に就けば身分が安定する、あるいはいい大学を出て大企業や官僚になれば地位が守られるという緩やかな身分社会が、根底から覆され始めているのだ。
新聞・放送・出版のような分野では「安定した」という言葉はもう過去のものになっているし、自動車産業の明日を信じる人は、自動車産業のなかにはもういない。製造も販売も大きく形を変え、安定を好む人たちには、とても嫌な社会が到来している。
別の言い方をすれば「不安定でも構わないという人たちには、いい社会が到来した」ということなのだが、なかなかそうは言いきれない。不安定な社会で酷い目にあうのは、弱者だからだ。
安定のない社会では、弱者をどう救済していくかが問われる。弱者をどうするかということが、政治や行政の一番の課題になってゆくのではないか。
安定のない社会では、個人はどうしたらいいのか? 好きなことに的を絞ればいいのだろうか? 興味のあることにのめり込めばいいのか?
これからの社会に安定はないと感じている若者たちは、ステータスを競い合うこともなければ、高級車に憧れることもない。いい時がやってきてもその後に悪い時がやってくるかもしてないし、悪い時がやってきてもその後にいい時がやってくるかもしてない。そう思えば、他人と比べることに意味はなくなる。
あるテクノロジーの進化によって生まれた職業が、何年かすると別のテクノロジーの進化によって消えてゆく。その繰り返しを眺めていると、ひとつの職業で一生を終えることができる時代へのノスタルジーが湧いてくる。「経験がどうの」「知識がどうの」といって偉そうにしていた人は、もうどこにもいない。
新しい知識を吸収し、経験値を高めていくことは、年齢を重ねるにつれて難しくなってゆく。スポーツ選手が若い人に追い抜かれて引退していくように、芸術家が若い人に追いやられて仕事を減らしていくように、みんなが若い人に席を譲る時代がきているのかもしれない。
席を譲ったあと、どう生きてゆくのか。それは個人の課題であって、社会の課題ではない。
(sk)
第516作
Unstable Society
(The Society Series #22)