竹下登元首相が長く日韓議員連盟会長を務めてきたことも、竹島問題がたなざらしにされたことの背景にあるという。ただ、、離島振興法によって(つまり竹下元首相のおかげで)、隠岐諸島に50年間で約4400億円が支払われ、道路や港湾が整備されてきたのも事実。これだけの大金を国(つまり国民の税金)から取ったあとで、隠岐や県は、「竹島を返る見込みのないものとして、離島振興の交換条件にしてきた」という見方にどう答えるのか。「それはそれ、これはこれ」と言うのだろうか。権力を取り戻した自民党が島根県民を利用しているのか、島根県民が自民党を利用しているのか、それとも両者は一体なのだろうか。
島根県教委の「竹島」の教材 全国から注文
読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130219-OYT1T00975.htm?from=ylist
島根県教委が竹島の領有権問題を学ぶ子ども向け教材を作成したところ、全国の教育委員会や学校から注文や問い合わせが相次いでいる。
授業で取り上げる機会が増えたことや、李明博イミョンバク・韓国大統領が島に上陸した昨夏以降、関心が集まったためという。22日は県が定めた「竹島の日」。県は「意識の向上こそ問題解決への第一歩」と歓迎している。
啓発活動の一環で昨年作った「竹島学習リーフレット」(A4判、8ページ)。領有権問題の経緯や、かつての島での漁の様子などを、写真や古地図を添えてわかりやすく解説している。
県内の小中学校などへ昨春、約1万8000部を配布。昨秋からは全国の市区町村教委に2部ずつ計約3500部を送ったところ、「もっと譲ってほしい」といった注文が次々と寄せられ、さらに2000部以上を発送したという。
問い合わせの中には「子どもたちにどう教えればいいのか」「私たち大人も勉強したい」との内容も。教材は子どもだけでなく、教員が活用するケースが多いとみられる。
県教委は2009年にも小中学生対象の教材DVDを制作し、県内外の学校、教委の求めに応じて600枚以上を送っている。今は在庫切れで、貸し出しのみに応じている状況だ。
竹島問題(ふるさとは今… 04参院選:3)
朝日新聞
http://www.asahi.com/2004senkyo/localnews/TKY200406130170.html
ちょうど50年前の1954年5月3日。夜空に星が輝き始めたころ、県漁業取締船「島風」は五箇村久見(くみ)港を出航した。進路は北西。護衛のため、海保の巡視船5隻が周囲を固めた。明治時代から久見地区で続いた竹島(韓国名・独島)への漁は、それが最後となった。久見漁協所属の漁師10人は小舟3隻とともに取締船に乗り込んだ。
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出港から12時間たった翌朝、6隻の船は隠岐から約157キロ離れた竹島に到着した。
その2年前の1952年1月、当時の李承晩・韓国大統領は、竹島を自国領とする「海洋主権宣言」(李承晩ライン)を宣言した。日本は1905年に竹島が「隠岐島司」の所管とすると閣議決定していることなどを根拠に領土権を主張。厳重な警備のもと、漁業権を持つ久見漁協(当時)の漁師が竹島へ出漁したのだった。
竹島では約3時間、かなぎと呼ばれる漁具を使ってワカメやアワビ、サザエを取り、何事もなく五箇村に戻った。しかし、その2カ月後、韓国政府は駐留部隊を送って竹島を武力支配。県は「危険が及ぶ可能性がある」として地元漁師に出漁を禁じた。
竹島への最後の出漁で最年少の28歳だった八幡尚義さん(78)は「日本の領土だからすぐに解決し、自由に行けると思っていた。50年はあっという間に過ぎた。もし自由に行けるようになれば、今でも漁をしたい」と話す。
尚義さんの弟で、元五箇村漁協組合長の八幡昭三さん(75)の手元には、五箇村久見で明治時代から帆船などで年2回ほど、竹島で漁をしていた記録が残っている。兄弟の叔父の八幡伊三郎さんはアワビやアシカの好漁場を記した手書きの竹島の地図を描き残した。昭三さんは「韓国が我が物顔で領有を主張するのはもってのほかだ」と憤る。村民にも「国には『竹島のことで騒いでくれるな』という雰囲気がある」と不信感が根強い。
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県はあくまで、竹島は国の外交問題という立場だ。広報活動で世論を盛り上げ、竹島領土権確立を毎年重点要望で取り上げるが、成果は乏しい。県内で竹島領土権確立の機運を盛り上げようと、県漁連など県内45団体が87年に立ち上げた「竹島・北方領土返還要求運動県民会議」を中心に昨年11月、西郷町で6年ぶり6回目の大規模集会が開かれた。壇上には青木幹雄・自民党参院幹事長や細田博之・官房副長官(現官房長官)ら県選出国会議員5人全員がそろった。代表してあいさつしたのは津和野町出身の亀井久興衆院議員だった。
「有力政治家が竹島について発言すれば、日韓の政治問題となり避けたのではないか」と県民会議事務局長を務める藤田彰裕・島根青年館常務理事(53)。「竹島問題は偉くなるほどやれなくなる。政治家は変な誤解も受けたくないのだろう。竹島自体に利権もなく、(取り上げても)票にならない」と指摘する。
竹下登・元首相が長く日韓議員連盟会長を務めてきたことも、県から有力政治家が多数出ながら、竹島問題がたなざらしにされたことの背景にある。八幡昭三さんは「竹下、細田(吉蔵・元運輸相)、桜内(義雄・元衆院議長)ら県内出身者が政界の中央にいながら、竹島問題が一向に解決されないことに歯がゆさを感じてきた」と言う。
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一方で、竹島を韓国が武力支配した前年の53年に成立した離島振興法により、隠岐諸島には50年間で約4400億円が投じられ、道路や港湾整備などが進んだ。元五箇村長の池田高明さん(77)は「竹島が占領されることは、五箇村にとって精神的にも実質的にも損失がある。そのことは、客観的事実として国や県に言ってきた」と言う。そして、離島振興策で優遇されてきたことについて「思い当たるところはある」と認める。
西郷町で商店を営む男性(46)は「隠岐や県は竹島を返る見込みのないものとして、離島振興の交換条件にしてきたのではないか。島の歴史に誇りを持ち、筋を通すべきは通さないと、本当の意味で日韓関係は良くならない。国から金を取ることばかり考えるのは、今後の隠岐にも悪影響を及ぼす」。
(06/10)
竹島学習リーフレット
島根県総務部総務課
http://www.pref.shimane.lg.jp/soumu/web-takeshima/takeshima06/index.data/r1.pdf