面白かったのは、女性の中でも、いわゆる「フェミニスト」を名乗る人たちの意見です。
「専業主婦だって、男性社会が生み出した被害者です」
「専業主婦と兼業主婦という分け方自体がナンセンス! そんなことをして、女性同士がいがみ合っていては、敵(男性)の思うつぼです!」
これにはびっくりしました。男性と女性って、二手に分かれて争っていたんでしたっけ? 私は知りませんでした。それに、男性社会の被害者って言いますけれど、社会を構成しているのは、半分は女性です。男性対女性という分け方をしたって、どちらか片方に一方的に有利な社会を作ることができるでしょうか。いまのこの社会を作ってきたのは、男性だけではないはずです。
また、誰かが無理矢理専業主婦を強制しているんでしょうか。それぞれの意思で、働いたり、働かなかったりしているんじゃないんですか? それなのに、被害者……。加害者はいったい誰なんでしょう。
「私は大学を出ていなくて、苦労したからうちの○○には……」とか、「私は小さい頃、ピアノを習いたかったから、娘には……」とか、「主人の子どもの頃の夢がサッカー選手だったからその夢を息子に」 って言う人たち、いますよね。
私がどうしても理解できないのは、こういう人たちの理屈です。
自分が苦労したと思うなら、いまから大学に行けばいいじゃないですか。高校を出ていれば、いまからでも受験のチャンスはあるし、高校も中退してしまったなら、大検という方法もあるんですから。いまどき、働きながら夜間の大学に通う人や、主婦をしながら大学院に通う人だって、いくらでもいます。
『ふざけるな専業主婦―バカにバカと言って、なぜわるい!』
by 石原里紗
専業主婦のみなさまに向かって 「社会の粗大ゴミ !」 だなんて。いくら真実でも、私にはそんなこと 恐ろしくて言えません―。
専業主婦が1千万人を超えるわが国では、声にならない専業主婦の居直りが感じられる。
また専業主婦擁護論も多い。
それは主婦も立派な職業だといったものから、アンペイドワークの評価といったいったものまで、さまざまにある。
専業主婦は大事にされている。
フルタイムで働く女性には、夢のような待遇が用意されている。
「働く女性(賃金労働者)」と「専業主婦」はもともと対立概念ではなく、様々な理由から多くの女性が「働く女性(賃金労働者)」と「専業主婦」というライフコースを行き来する。賃金労働に従事していない時期名である為、「無職」に分類される。育児休暇中の女性賃金労働者、また企業等で定年まで勤めあげた女性が定年退職後に家事専業となった場合も「専業主婦」とみなされる。企業における「総務・経理」と同様に、組織において金銭を外部から直接的に稼得する役割ではないが、専業主婦は家庭という組織内部で貢献しつつ内部分配を受けることから、企業における製造・営業に対する「総務・経理的役割」と同等の「家庭内の役割」だと考えられている。
アメリカの企業、ユナイテッド・テクノロジーズが、ウォールストリート・ジャーナル紙に1979年から月一回の割合で掲載したアドボカシー広告「グレイ・マター」(グレイは、当時の社長の姓)のシリーズの中で、1980年7月「世界で一番クリエイティヴな仕事とは」という題で、主婦の仕事を取り上げ、しかもそれに性別を取り去った「家事担当者」(homemaker)という表現を使用して、反響を呼んだ。
一家を支える男性が稼ぎ手となって家の外で給与労働に専従することにより、家の中で「出産(再生産)・育児に専念する」ということで、マルクス主義やフェミニズムでは「再生産労働(出産・育児活動)に携わる女性」、という言い方をする。一方、企業・組織が成長・進化するごとに内部での役割分業が進展することになぞらえて、専業主婦家庭の形態を「歴史的に最も進んだ要素が存在する」とする立場もある。