諸大乗経顕道無異

ある意味で、私は「日本国体論者」であり「復古主義者」でありますが、今、保守と呼ばれる政治家や言論人が「日本の伝統」と言う時、私にはちょっと違和感があります。本当に「日本の伝統」の何たるかを自覚しているのかな、と。
そういう人たちの言葉を聞くと、大抵は明治維新以来の近代日本の制度や思想を指しているようにしか思えません。それをもって「伝統」あるいは「国体」というのは、ちょっと待てよ、と。
色々とありますが、たとえば明治憲法に規定された天皇というものが、果たして建国以来の伝統を踏まえているのかどうか。軍の最高統帥権者が天皇であるというのは、実は桓武天皇以前と、明治以降の話であって、歴史的に大部分は、朝廷に国軍というものはなかったのではないかと。あくまでも特定の軍事集団を臨機応変に将軍に任命することで行政に当らせたのが、日本の「国体」ではないでしょうか。源平など典型ですよね。
それが良いか悪いかは別として、重要なことは、天皇直属の軍がなかったにも関わらずどうして皇室が1500年以上継続していたのか、そこを考えないと、本当の日本の国体はわからないと思います。明治以来の天皇制は、ほとんど外国の王政(王権神授説的な)の模倣に過ぎないのではないでしょうか。
また、国家神道的な体制を国体と同一視して「伝統」と言う向きもありますが、それもおかしい。皇居の「御黒戸」を強制的に勝手に撤廃し、皇室・宮家・大臣・官僚はキリスト教に改宗すべしと説いて明治天皇を激怒させた程度の認識だった元勲たちが形成した、国民統合の為の人工宗教が国家神道だったのではないでしょうか。元ネタの平田国学自体、日本の古代以来の伝統回帰を謳いながら、実際のところ極めて「近代思想的」なものだったわけでしょう?
そもそも明治体制が武士の論理で形成され、国民皆兵の方向で日本国民に武士論理の浸透を図ったものであると私は思っていますが、それが果たして日本の国柄に根差した全国民的な日本の伝統と言えるでしょうか?
本当の日本の国体・国柄というものを復興させたいのであれば、歪な明治維新期の諸々をいったん相対化して、江戸以前の日本の社会の在り方をもう一度きっちりと研究して、もっと多様で幅の広かった「日本を取り戻」して欲しいものです。

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