国語辞典の面白い説明の例としてよく挙げられるのが、『新明解国語辞典』の「恋」です。次のような長い説明です。〈特定の異性に深い愛情をいだき、その存在が身近に感じられるときは、他のすべてを犠牲にしても惜しくないほどの満足感、充足感に酔って心が高揚する一方、破局を恐れての不安と焦燥に駆られる心的状態〉(第7版)。ずいぶん激しい感情ですね。おそらく編纂者の性格が反映された説明なのでしょう。
私の携わる『三省堂国語辞典』(三国)の「恋」も負けてはいません。〈人を好きになって、会いたい、いつまでも そばにいたいと思う、満たされない気持ち(を持つこと)〉(第7版)という説明。この〈満たされない気持ち〉というせつない感じを気に入ってくれる読者も多いんです。「恋」とは、そこにいない人などを慕う、さびしい気持ちが元の意味であり、この説明には根拠があります。
『三国』の「恋」の説明で注意したのは、「男女の間で」とは書かない、ということでした。恋愛が男女間だけのものでないのは当然だという理解が、近年ようやく広まってきました。辞書も世間一般の考え方に歩調を合わせるのが望ましいでしょう。
室町時代末期、日本に来た宣教師の作った辞書では、西洋語の「愛」に当たることばが、日本語で「大切」と訳されました。愛の本質が「大切に思う気持ち」というのは、昔からのことだったのです。
「このことばクセモノ!」
飯間浩明
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恋と愛
『東京新聞』4月30日(木)夕刊