注文する順番になって、郁也がコーヒーを二杯とオレンジジュースを頼んだ。
「オレンジジュース?」
と口に出して聞きながら、もしかして、と頭をよぎる。多分わたしが腑に落ちた顔をしたんだろう。郁也は追いつめられたような顔をして、
「ミナシロさんが、妊娠していて」
と言った。表情とは裏腹に、声は妙に淡々としていた。
注文する順番になって、郁也がコーヒーを二杯とオレンジジュースを頼んだ。
「オレンジジュース?」
と口に出して聞きながら、もしかして、と頭をよぎる。多分わたしが腑に落ちた顔をしたんだろう。郁也は追いつめられたような顔をして、
「ミナシロさんが、妊娠していて」
と言った。表情とは裏腹に、声は妙に淡々としていた。
犬のかたちをしているもの
by 高瀬隼子
第43回すばる文学賞受賞作
昔飼っていた犬を愛していた。
どうしたら愛を証明できるんだろう。犬を愛していると確信する、あの強さで――。
間橋薫、30歳。恋人の田中郁也と半同棲のような生活を送っていた。21歳の時に卵巣の手術をして以来、男性とは付き合ってしばらくたつと性交渉を拒むようになった。郁也と付き合い始めた時も、そのうちセックスしなくなると宣言した薫だが「好きだから大丈夫」だと彼は言った。普段と変らない日々を過ごしていたある日、郁也に呼び出されコーヒーショップに赴くと、彼の隣にはミナシロと名乗る見知らぬ女性が座っていた。大学時代の同級生で、郁也がお金を払ってセックスした相手だという。そんなミナシロが妊娠してしまい、彼女曰く、子供を堕すのは怖いけど子供は欲しくないと薫に説明した。そして「間橋さんが育ててくれませんか、田中くんと一緒に。つまり子ども、もらってくれませんか?」と唐突な提案をされる。自ら子供を産みたいと思ったこともなく、可愛いと思ったこともない薫だったが、郁也のことはたぶん愛している。セックスもしないし出来にくい身体である薫は、考えぬいたうえ、産まれてくる子供の幸せではなく、故郷の家族を喜ばせるためにもらおうかと思案するのだったが……。
快楽のためのセックス、生殖のためのセックス。子供を産むということ、子供を持つということ。
1人の女性の醸成してきた「問い」の行方を描く。
高橋源一郎×高瀬隼子 東京と自分の田舎の違い、女性の息苦しさ……何でこうなっちゃうんだろうということを書いていきたい
https://www.bookbang.jp/review/article/618693
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今まで書いてきたものも、自分が腹を立てていたり、もやもやとしたものをそのとき、そのときで書いてきたので、今回もそうしたテーマが混ざって出てきていると思います。
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今、東京に出てきて九年、十年ぐらいなんですが、東京と自分の田舎との違いについてとか。あとは女性の息苦しさみたいなもの。その息苦しさを理解して書いていたというよりは、むかつくなという気持ちで書いていたところは、前からありました。
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今回の『犬のかたち~』を書いているときは、とくに気持ちが荒れていた時期で。友達が子供を産んだり、産んでいなくても家庭を築いたり、転職してキャリアアップしていたり、頑張っている人が周りに多かったので、焦っていたんですね。で、毎日、もう嫌だ、やっていられない、むかつくと思って。
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どうせ、これを書いても、また誰にも読まれないだろうなという気持ちもあって。だから、今回は今までで一番好き勝手に書いたという感じです。