高野房太郎

(1897年) 独り者の職人の生活は、だらしのないのが普通で、金はあまり稼げないのに、しばしばその稼ぎよりはるかに多くの金を酒や遊興につぎこみます。職人たちが仕事着のほかに晴れ着などをもっているのをみることはまずありません。新しい着物が必要となると、彼はいつも借金をしてつくり、その新調の衣服で用をすませて二、三日すると、売るか質に入れてしまいます。それも借金を返すためではなく、遊興に対するやみがたい渇望を満たすためなのです。こんな金の使い方はあまりにも愚かだと思われるかもしれないでしょうが、教育がない上に、求める娯楽は限られており、飲酒と遊興がもっとも手近な楽しみなのですから、彼らがその方に足を向けるのも当然です。

2 thoughts on “高野房太郎

  1. shinichi Post author

    Kousyoublog
    http://kousyoublog.jp/?eid=1727

    江戸時代は職人として独立した地位にあった職人が工場や鉱山など、労働者となり、そして物価の上昇に対して賃金は上がらず、収入が低い中でも以前の働き方を変えられないことから起きた状況です。江戸時代の職人は庶民からの尊敬を集め、収入もそれなりにありました。「磨きをかけられた技能を頼りに、彼らは「仕事」を選び、その仕事によって得られた金銭に重きを置かなかったといわれています。」(「仕事と日本人」(P98)明治のこの頃は丁度格差が開き、旧職人層を中心とした貧困層が成立していました。

    特徴としては上記の職人の姿と似ているのですが、リンク先の記事の日雇い層は必ずしも腕に覚えのあった人びとが時代の流れに取り残されて・・・というのとは違います。ただ「仕事によって得られた金銭に重きを置か」ず「遊興に対するやみがたい渇望を満たすため」に日々の生活を送っている姿が共通しています。そして、当時も今もそれに多くの人びとは彼らの姿に眉を顰めます。

    これは労働観に対するギャップが原因なのではないでしょうか。現代では多くの仕事で標準化された仕事を時間内に過不足無くこなすことが求められます。労働とは与えられた職務をこなすことだという観念が広がると労働することには人は多くを求めないし、その時間は極力少なくしたいと思います。

    「仕事と日本人」武田 晴人 著(P243)
    「賃金を得ることを目的として労働する」という観念が普遍的なものと受け止められるようになります。(中略)それは、何をしたかではなく、どれだけ稼いだかで人の価値を計るような社会になっている現代を象徴的に示すイデオロギーなのです。

    つまり、労働に対する期待が賃金を得ることだと割り切っていれば、そこで得た賃金を、限られた娯楽に振り分けるようになるだけではないでしょうか。それに対して多くの人は、それは違うと漠然と思っているのだけどその違いを上手く言葉に出来ない。そのギャップによってうまれるもどかしさがのようなものが我々に漂っているように思います。働く意味の捉え方の違いが日雇いでもよしとする人びとと、そうでない人びととの違いで、その違いは労働の捉え方の違いに起因するが、その違いをまだ誰も明確に出来ない。しかし、その違いを曖昧にしたままだと社会に格差が広がっていくのだろうと思います。

    Reply

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *