shinichi Post author16/12/2022 at 4:59 pm 学術会議の提言から読み解くマイクロプラスチック問題のからくり 永井孝志 https://nagaitakashi.net/blog/chemicals/microplastics-1/ 要約 日本学術会議が2020年4月に公表したマイクロプラスチックに関する提言の内容をまとめて紹介します。マイクロプラスチック汚染が進んでいる現状と、生海洋物やヒト健康への影響を懸念する内容ですが、リスク学的な視点からはツッコミどころも多いです。リスク評価がないままに悪いものと印象付けていると感じます。 本文:マイクロプラスチック問題のからくり これは私の完全な妄想ですが、化学物質の環境リスク研究には「ブーム」があることは間違いありません。ダイオキシンや環境ホルモンがあり、ナノマテリアルがあり、ネオニコチノイド系農薬があり、そして今マイクロプラスチックがあります。 マイクロプラスチックはその名の通りプラスチックの小さい破片で、海洋漂着ごみとしてのプラスチック問題は以前からありましたが、微小な粒に注目が集まるようになったのはわりと最近のことです。これと連動して、レジ袋の完全有料化やペットボトルの削減、ストローがプラスチックではなくなるなど、世界的なプラスチック削減運動が進んできています。 私としては、「またいつもの臭いものにはフタをするパターンか。。。」と全く興味を持てませんでしたが、そろそろブログ記事を書きながら勉強してみようと思いました。 ちょうど今年度に入ったところで、日本学術会議はマイクロプラスチックの環境リスクに関わる提言を公表しました。これはマイクロプラスチックの現状を知るにはちょうどよいかもしれないと考えて読んでみました。結果、「現状マイクロプラスチックが世の中でどう見られているか」を理解するにはよい資料でした。「マイクロプラスチック問題を正しく理解する」ためのよい資料だとはあえて書きません。本記事ではこの提言の内容についてまとめてみたいと思います。 日本学術会議 (2020) 提言「マイクロプラスチックによる水環境汚染の生態・健康影響研究の必要性とプラスチックのガバナンス」 http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-24-t288-1.pdf マイクロプラスチックとは何か? p1「2 マイクロプラスチックの起源」、p2「3 マイクロプラスチックの分布」はとりあえず事実関係を整理するのによさそうです。 まずはマイクロプラスチックの定義からです。2008年にNOAA(米国大気海洋庁)がシアトル近郊のタコマで国際ワークショップを開催し、「5mm以下のプラスチックをマイクロプラスチックと呼ぶ」という定義が決まったようです。このプラスチックには合成高分子化合物で作られた繊維(いわゆる化学繊維)とゴムも含まれます。 このマイクロプラスチックは大きく二つに分けられます。一つ目は、マイクロプラスチックの定義である5mm以下の粒子として最初から製造されたプラスチックで、一次マイクロプラスチックとも呼ばれます。レジンペレットや肥料カプセル、洗顔料、化粧品に含まれるマイクロビーズなどがこれに該当します。もう一つは、5mmよりも大きなプラスチックとして製造されたものが、環境に放出された後に紫外線や熱、風波などの物理的な力により破砕・細片化されたり、化学繊維の服の洗濯時に発生する細かな繊維などが該当します。これは二次マイクロプラスチックと呼ばれます。 さて、水域に流出したマイクロプラスチックはそこから広く環境中に広がっていきます。北極や亜南極海域、南極域、深海海底と世界中の海でマイクロプラスチックが検出されているとのことです。中でも、地中海東部やユーラシア大陸南岸域、南北太平洋・南北大西洋・インド洋の中央部の環流の中心付近、日本周辺海域もマイクロプラスチック濃度が高いことが明らかになっています。 また、海洋中のマイクロプラスチックはその比重により浮かぶものと沈むものに分かれます。ポリエチレンとポリプロピレンは海水よりも軽いため海水面を浮遊し、ポリスチレンやペットボトルのPET(ポリエチレンテレフタレート)、ポリ塩化ビニル(いわゆる塩ビ)は海水よりも重いため海底に沈みます。地中海の深海底からもペットボトルが見つかるようです。 マイクロプラスチックの生態系、人体への影響 海の生き物への曝露 続いて、p3「4 マイクロプラスチックの海洋生物への取り込み」、p3「5 マイクロプラスチックの生物への影響-有害化学物質による影響」を読んでいきましょう。この辺が本提言のメインパートになりますね。 海水中や海底からマイクロプラスチックが検出されていることはすでに紹介しました。では海の生き物からも検出されるのでしょうか?クジラやウミガメ、海鳥、魚の消化器の中から、mm~cmサイズのプラスチックが検出されています(cmサイズはマイクロプラスチックではなくなりますが)。小さな生き物が大きな生き物に食べられて、を繰り返す食物連鎖の中で、食べられた生き物から食べた生き物へとマイクロプラスチックが移行することも確かめられているようです。 (私の感想1)移行というところは注意が必要な部分かと思います。これは食物連鎖の頂点に近い生き物ほど体内の濃度が高くなるという現象(生物濃縮)を想像させますが、それとは少し異なるようです。この辺精査が必要です。また、このあたりで「魚貝類からの検出事例は、市場で購入されたものについても報告されており、食の安全への大きな懸念となってきている。」という記載が突然登場し、リスク評価もしていないのに「食の安全への大きな懸念」とは一体何のことなのか非常に困惑します。 マイクロプラスチックの生態影響 マイクロプラスチックの生態影響については主に二つの視点があります。一つはプラスチックそのものの有害性です。各種水生生物にマイクロプラスチックを曝露させる室内毒性試験はこれまで多数行われています。そして、毒性が発現する濃度は、実際の環境中マイクロプラスチック濃度よりも桁違いに高いため、現状の濃度レベルではリスクの懸念は低いようです。 もう一つはプラスチックに添加された様々な化学物質や、プラスチック粒子に吸着した環境中の残留性有機汚染物質(PCBやDDTなど)による有害性です。プラスチック製品には可塑剤や紫外線吸収剤、酸化防止剤、剥離剤、難燃剤など様々な添加剤が配合されています。 化学物質を吸着させたマイクロプラスチックを魚などに曝露する実験を行うと、肝機能障害や腫瘍の発生などの影響が出ることが報告されています。ただし、このような結果は、実際の環境中濃度よりも桁違いに高い濃度で見られたものです。 (私の感想2)添加・吸着された化学物質による影響については、まだまだ可能性の段階の議論だと感じました。プラスチック自体は消化管から体内へは吸収されずにそのまま排出されますが、添加・吸着している化学物質は体内に吸収されるようです。しかし、これら化学物質の運び屋としての働きは、マイクロプラスチックに限らず海水中に存在するモノなら同じではないでしょうか。この辺も精査する必要がありそうです。添加・吸着した化学物質による影響は、これまでの化学物質の生態リスク評価と絡めて議論することが望ましいのですが、そのような記述が一切ありません。とにかく化学物質が「検出された」という話のオンパレードです。 (私の感想3)実際の環境中濃度よりも高濃度で影響が出たという結果に対して「今後プラスチックが増えた場合に起こりうる影響の警鐘としてとらえられる。」などと書かれていてびっくりします。必要なのはどのレベルで影響が出なくなるのかということであり、濃度と影響率の関係を表す用量-反応関係がないとリスク評価になりません。影響が出ない実験してもインパクトのある論文にならないのですが、本当に役に立つのはそのような研究です。 (私の感想4)「現状認識として、生物影響が顕在化していないと捉えるよりは、実環境での軽微な影響を評価する手法が開発・適用されてこなかったと捉え、調査・研究の推進と予防的な対策が必要だと考えられる。」ということも書かれており、研究するのはいいのですが、予防的な対策が必要とまで書かれると予防原則の暴走につながる記述だと思います。この論法だとなんでも予防的な対策が取れてしまいます。 マイクロプラスチックのヒト健康影響 すでにかなり長くなってしまいましたが、p9「6 プラスチック添加剤の生物およびヒト健康影響」を読み進めます。 油分が多い食事と一緒にマイクロプラスチックを食べた場合に、添加・吸着している化学物質が溶け出す可能性が指摘されています。また、 ・ヨーロッパにおいて成人男子の精子数が過去40年で半減している ・子宮内膜症の増加など、生殖に関連する疾病が増加している という現象の要因としてプラスチックの添加剤の影響が懸念されるとのことです。内分泌系への影響はすぐに症状が出るわけでなく長い年月がかかるため、場合によっては世代を超えて影響が出る場合があるという懸念も示されています。 (私の感想5)添加・吸着された化学物質が消化管内で油分に溶け出して、体内に吸収されるかもしれないという話(量について言及なし)と、高濃度で曝露されるとこんな影響が起こりうる、という話のコンボで話が進んでおり、実際の曝露量でどのくらいの影響になるのか、というリスク評価については一切の言及がありません。リスク評価を避けるのが冒頭に書いた「いつものパターン」ってやつなのです。 続いて、p11「7 飲料水中のマイクロプラスチックとヒトへの健康影響に関する国際機関等の考え方」も読んでいきます。 WHOは2019年に飲料水中のマイクロプラスチックに関するレポートを公表しました。主要な結論として、リスク評価の結果からは、現状では飲料水中のマイクロプラスチックによる物理的な作用や化学物質、吸着した微生物についてヒト健康に対するリスクの懸念は低いとしています。基本的にマイクロプラスチックは吸収されずに糞便として排出され、飲料水ではあり得ないほどの高濃度でない限り影響は出てこないようです。 (私の感想6)一方でWHOがきわめてマトモでよかったです。ここでやっとリスク評価の結果が出てきました。ところが本文中には「WHOの評価は「飲料水」と限定すれば、妥当なものだと考えられる。」など、安全と書かれては困るの?と思うような書き方も気になりました。だから冒頭に書いたような妄想が生まれてしまうのです。 マイクロプラスチックをどのように管理していくべきか? 最後になりますが、p12「8 マイクロプラスチック海洋汚染防止のためのプラスチックのガバナンス」を読んでまとめていきます。 日本近海のマイクロプラスチックは、プラスチック製品や化学繊維由来の二次マイクロプラスチックが多いとのことです。ということは、対策としてはプラスチック製品の減量、特にフィルムや容器類の削減が重要になってきます。 2019年に大阪で開催されたG20の首脳宣言に、海洋プラスチックごみによる新たな汚染を2050年までにゼロにすることを目指す「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」が盛り込まれました。これに伴い、環境大臣がレジ袋の無料配布を禁じる法令を制定すると発表し、2020年7月からレジ袋の有料化が義務化されました。 日本では廃プラスチックの有効利用率は84%と高いのですが、固形燃料化した後に燃やして発電等により熱エネルギーを回収する熱回収(サーマルリサイクルとも呼ばれる)が多くなっています。地球温暖化の観点からは熱回収ではなくプラスチックとしての再利用(マテリアルリサイクルやケミカルリサイクル)が望ましいとされています。 さらには石油由来ではないバイオマス由来のプラスチックを活用し、生分解性を高めることで環境への放出を防ぐような対策も必要です。 ここまではプラスチックの排出を減らす取り組みですが、すでに環境中に排出されたマイクロプラスチックの対策も重要です。よって、環境中からマイクロプラスチックを効率的に回収するような技術開発が必要となります。 (私の感想7)日本近海のマイクロプラスチックの主要な部分がプラスチック製品や化学繊維由来というのは要検証ですね。この前提が崩れてしまうと、レジ袋禁止政策の効果が大きく変わってしまいます。 (私の感想8)熱回収がリサイクルでない(もったいない)というようなイメージはまずいですね。日本においてはプラスチックは熱回収するのが効率的で結果的にCO2排出削減にもつながります(補足参照)。また、プラスチックがバイオマス由来かどうかと生分解性はあまり関係ありません。分解させるくらいなら燃やして熱回収したほうがもったいなくないです。 (私の感想9)最後のまとめではすでに環境中に排出されたプラスチックの回収が重要とのことで、リスク評価でリスクの懸念が示されたわけでもないのに、いつのまにかリスクがあることが証明されたかのような流れになってしまっていますね。 以上のような流れで提言は終了です。読み進めるうちに(後のほうほど)だんだんツッコミどころが多くなっていくような印象です。 全体をまとめると、私としては次のような示唆が得られたと思います。これはプラスチックの問題というよりも、これまでの化学物質の生態リスク評価で考えられてきた曝露経路に関する問題と言えるでしょう。すなわち: 「これまでの化学物質の生態リスク評価はプラスチックに添加・吸着しているものを経由した曝露を考慮していなかったのでは?そしてそれを考慮するとリスク評価の結果が変わりうるのかどうか?」 という点が重要であると思います。プラスチックそのものを一生懸命分析したり毒性試験したりする研究にはあまりプライオリティを感じませんでした。 まとめ:マイクロプラスチック問題のからくり 日本学術会議が2020年4月に公表した提言「マイクロプラスチックによる水環境汚染の生態・健康影響研究の必要性とプラスチックのガバナンス」の内容をまとめてみました。マイクロプラスチックに関する現状(マイクロプラスチックが世の中でどう見られているか)を知るにはよくまとまっている資料となっていますが、リスク学的な視点からはツッコミどころが多いです。海洋生物から検出されているという情報と、(現実よりも)高濃度で曝露されるとこんな影響が起こるという情報の組み合わせにより、リスク評価なしに悪いものと決めつけるストーリーが進んでいると感じます。 Reply ↓
学術会議の提言から読み解くマイクロプラスチック問題のからくり
永井孝志
https://nagaitakashi.net/blog/chemicals/microplastics-1/
要約
日本学術会議が2020年4月に公表したマイクロプラスチックに関する提言の内容をまとめて紹介します。マイクロプラスチック汚染が進んでいる現状と、生海洋物やヒト健康への影響を懸念する内容ですが、リスク学的な視点からはツッコミどころも多いです。リスク評価がないままに悪いものと印象付けていると感じます。
本文:マイクロプラスチック問題のからくり
これは私の完全な妄想ですが、化学物質の環境リスク研究には「ブーム」があることは間違いありません。ダイオキシンや環境ホルモンがあり、ナノマテリアルがあり、ネオニコチノイド系農薬があり、そして今マイクロプラスチックがあります。
マイクロプラスチックはその名の通りプラスチックの小さい破片で、海洋漂着ごみとしてのプラスチック問題は以前からありましたが、微小な粒に注目が集まるようになったのはわりと最近のことです。これと連動して、レジ袋の完全有料化やペットボトルの削減、ストローがプラスチックではなくなるなど、世界的なプラスチック削減運動が進んできています。
私としては、「またいつもの臭いものにはフタをするパターンか。。。」と全く興味を持てませんでしたが、そろそろブログ記事を書きながら勉強してみようと思いました。
ちょうど今年度に入ったところで、日本学術会議はマイクロプラスチックの環境リスクに関わる提言を公表しました。これはマイクロプラスチックの現状を知るにはちょうどよいかもしれないと考えて読んでみました。結果、「現状マイクロプラスチックが世の中でどう見られているか」を理解するにはよい資料でした。「マイクロプラスチック問題を正しく理解する」ためのよい資料だとはあえて書きません。本記事ではこの提言の内容についてまとめてみたいと思います。
日本学術会議 (2020) 提言「マイクロプラスチックによる水環境汚染の生態・健康影響研究の必要性とプラスチックのガバナンス」
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-24-t288-1.pdf
マイクロプラスチックとは何か?
p1「2 マイクロプラスチックの起源」、p2「3 マイクロプラスチックの分布」はとりあえず事実関係を整理するのによさそうです。
まずはマイクロプラスチックの定義からです。2008年にNOAA(米国大気海洋庁)がシアトル近郊のタコマで国際ワークショップを開催し、「5mm以下のプラスチックをマイクロプラスチックと呼ぶ」という定義が決まったようです。このプラスチックには合成高分子化合物で作られた繊維(いわゆる化学繊維)とゴムも含まれます。
このマイクロプラスチックは大きく二つに分けられます。一つ目は、マイクロプラスチックの定義である5mm以下の粒子として最初から製造されたプラスチックで、一次マイクロプラスチックとも呼ばれます。レジンペレットや肥料カプセル、洗顔料、化粧品に含まれるマイクロビーズなどがこれに該当します。もう一つは、5mmよりも大きなプラスチックとして製造されたものが、環境に放出された後に紫外線や熱、風波などの物理的な力により破砕・細片化されたり、化学繊維の服の洗濯時に発生する細かな繊維などが該当します。これは二次マイクロプラスチックと呼ばれます。
さて、水域に流出したマイクロプラスチックはそこから広く環境中に広がっていきます。北極や亜南極海域、南極域、深海海底と世界中の海でマイクロプラスチックが検出されているとのことです。中でも、地中海東部やユーラシア大陸南岸域、南北太平洋・南北大西洋・インド洋の中央部の環流の中心付近、日本周辺海域もマイクロプラスチック濃度が高いことが明らかになっています。
また、海洋中のマイクロプラスチックはその比重により浮かぶものと沈むものに分かれます。ポリエチレンとポリプロピレンは海水よりも軽いため海水面を浮遊し、ポリスチレンやペットボトルのPET(ポリエチレンテレフタレート)、ポリ塩化ビニル(いわゆる塩ビ)は海水よりも重いため海底に沈みます。地中海の深海底からもペットボトルが見つかるようです。
マイクロプラスチックの生態系、人体への影響
海の生き物への曝露
続いて、p3「4 マイクロプラスチックの海洋生物への取り込み」、p3「5 マイクロプラスチックの生物への影響-有害化学物質による影響」を読んでいきましょう。この辺が本提言のメインパートになりますね。
海水中や海底からマイクロプラスチックが検出されていることはすでに紹介しました。では海の生き物からも検出されるのでしょうか?クジラやウミガメ、海鳥、魚の消化器の中から、mm~cmサイズのプラスチックが検出されています(cmサイズはマイクロプラスチックではなくなりますが)。小さな生き物が大きな生き物に食べられて、を繰り返す食物連鎖の中で、食べられた生き物から食べた生き物へとマイクロプラスチックが移行することも確かめられているようです。
(私の感想1)移行というところは注意が必要な部分かと思います。これは食物連鎖の頂点に近い生き物ほど体内の濃度が高くなるという現象(生物濃縮)を想像させますが、それとは少し異なるようです。この辺精査が必要です。また、このあたりで「魚貝類からの検出事例は、市場で購入されたものについても報告されており、食の安全への大きな懸念となってきている。」という記載が突然登場し、リスク評価もしていないのに「食の安全への大きな懸念」とは一体何のことなのか非常に困惑します。
マイクロプラスチックの生態影響
マイクロプラスチックの生態影響については主に二つの視点があります。一つはプラスチックそのものの有害性です。各種水生生物にマイクロプラスチックを曝露させる室内毒性試験はこれまで多数行われています。そして、毒性が発現する濃度は、実際の環境中マイクロプラスチック濃度よりも桁違いに高いため、現状の濃度レベルではリスクの懸念は低いようです。
もう一つはプラスチックに添加された様々な化学物質や、プラスチック粒子に吸着した環境中の残留性有機汚染物質(PCBやDDTなど)による有害性です。プラスチック製品には可塑剤や紫外線吸収剤、酸化防止剤、剥離剤、難燃剤など様々な添加剤が配合されています。
化学物質を吸着させたマイクロプラスチックを魚などに曝露する実験を行うと、肝機能障害や腫瘍の発生などの影響が出ることが報告されています。ただし、このような結果は、実際の環境中濃度よりも桁違いに高い濃度で見られたものです。
(私の感想2)添加・吸着された化学物質による影響については、まだまだ可能性の段階の議論だと感じました。プラスチック自体は消化管から体内へは吸収されずにそのまま排出されますが、添加・吸着している化学物質は体内に吸収されるようです。しかし、これら化学物質の運び屋としての働きは、マイクロプラスチックに限らず海水中に存在するモノなら同じではないでしょうか。この辺も精査する必要がありそうです。添加・吸着した化学物質による影響は、これまでの化学物質の生態リスク評価と絡めて議論することが望ましいのですが、そのような記述が一切ありません。とにかく化学物質が「検出された」という話のオンパレードです。
(私の感想3)実際の環境中濃度よりも高濃度で影響が出たという結果に対して「今後プラスチックが増えた場合に起こりうる影響の警鐘としてとらえられる。」などと書かれていてびっくりします。必要なのはどのレベルで影響が出なくなるのかということであり、濃度と影響率の関係を表す用量-反応関係がないとリスク評価になりません。影響が出ない実験してもインパクトのある論文にならないのですが、本当に役に立つのはそのような研究です。
(私の感想4)「現状認識として、生物影響が顕在化していないと捉えるよりは、実環境での軽微な影響を評価する手法が開発・適用されてこなかったと捉え、調査・研究の推進と予防的な対策が必要だと考えられる。」ということも書かれており、研究するのはいいのですが、予防的な対策が必要とまで書かれると予防原則の暴走につながる記述だと思います。この論法だとなんでも予防的な対策が取れてしまいます。
マイクロプラスチックのヒト健康影響
すでにかなり長くなってしまいましたが、p9「6 プラスチック添加剤の生物およびヒト健康影響」を読み進めます。
油分が多い食事と一緒にマイクロプラスチックを食べた場合に、添加・吸着している化学物質が溶け出す可能性が指摘されています。また、
・ヨーロッパにおいて成人男子の精子数が過去40年で半減している
・子宮内膜症の増加など、生殖に関連する疾病が増加している
という現象の要因としてプラスチックの添加剤の影響が懸念されるとのことです。内分泌系への影響はすぐに症状が出るわけでなく長い年月がかかるため、場合によっては世代を超えて影響が出る場合があるという懸念も示されています。
(私の感想5)添加・吸着された化学物質が消化管内で油分に溶け出して、体内に吸収されるかもしれないという話(量について言及なし)と、高濃度で曝露されるとこんな影響が起こりうる、という話のコンボで話が進んでおり、実際の曝露量でどのくらいの影響になるのか、というリスク評価については一切の言及がありません。リスク評価を避けるのが冒頭に書いた「いつものパターン」ってやつなのです。
続いて、p11「7 飲料水中のマイクロプラスチックとヒトへの健康影響に関する国際機関等の考え方」も読んでいきます。
WHOは2019年に飲料水中のマイクロプラスチックに関するレポートを公表しました。主要な結論として、リスク評価の結果からは、現状では飲料水中のマイクロプラスチックによる物理的な作用や化学物質、吸着した微生物についてヒト健康に対するリスクの懸念は低いとしています。基本的にマイクロプラスチックは吸収されずに糞便として排出され、飲料水ではあり得ないほどの高濃度でない限り影響は出てこないようです。
(私の感想6)一方でWHOがきわめてマトモでよかったです。ここでやっとリスク評価の結果が出てきました。ところが本文中には「WHOの評価は「飲料水」と限定すれば、妥当なものだと考えられる。」など、安全と書かれては困るの?と思うような書き方も気になりました。だから冒頭に書いたような妄想が生まれてしまうのです。
マイクロプラスチックをどのように管理していくべきか?
最後になりますが、p12「8 マイクロプラスチック海洋汚染防止のためのプラスチックのガバナンス」を読んでまとめていきます。
日本近海のマイクロプラスチックは、プラスチック製品や化学繊維由来の二次マイクロプラスチックが多いとのことです。ということは、対策としてはプラスチック製品の減量、特にフィルムや容器類の削減が重要になってきます。
2019年に大阪で開催されたG20の首脳宣言に、海洋プラスチックごみによる新たな汚染を2050年までにゼロにすることを目指す「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」が盛り込まれました。これに伴い、環境大臣がレジ袋の無料配布を禁じる法令を制定すると発表し、2020年7月からレジ袋の有料化が義務化されました。
日本では廃プラスチックの有効利用率は84%と高いのですが、固形燃料化した後に燃やして発電等により熱エネルギーを回収する熱回収(サーマルリサイクルとも呼ばれる)が多くなっています。地球温暖化の観点からは熱回収ではなくプラスチックとしての再利用(マテリアルリサイクルやケミカルリサイクル)が望ましいとされています。
さらには石油由来ではないバイオマス由来のプラスチックを活用し、生分解性を高めることで環境への放出を防ぐような対策も必要です。
ここまではプラスチックの排出を減らす取り組みですが、すでに環境中に排出されたマイクロプラスチックの対策も重要です。よって、環境中からマイクロプラスチックを効率的に回収するような技術開発が必要となります。
(私の感想7)日本近海のマイクロプラスチックの主要な部分がプラスチック製品や化学繊維由来というのは要検証ですね。この前提が崩れてしまうと、レジ袋禁止政策の効果が大きく変わってしまいます。
(私の感想8)熱回収がリサイクルでない(もったいない)というようなイメージはまずいですね。日本においてはプラスチックは熱回収するのが効率的で結果的にCO2排出削減にもつながります(補足参照)。また、プラスチックがバイオマス由来かどうかと生分解性はあまり関係ありません。分解させるくらいなら燃やして熱回収したほうがもったいなくないです。
(私の感想9)最後のまとめではすでに環境中に排出されたプラスチックの回収が重要とのことで、リスク評価でリスクの懸念が示されたわけでもないのに、いつのまにかリスクがあることが証明されたかのような流れになってしまっていますね。
以上のような流れで提言は終了です。読み進めるうちに(後のほうほど)だんだんツッコミどころが多くなっていくような印象です。
全体をまとめると、私としては次のような示唆が得られたと思います。これはプラスチックの問題というよりも、これまでの化学物質の生態リスク評価で考えられてきた曝露経路に関する問題と言えるでしょう。すなわち:
「これまでの化学物質の生態リスク評価はプラスチックに添加・吸着しているものを経由した曝露を考慮していなかったのでは?そしてそれを考慮するとリスク評価の結果が変わりうるのかどうか?」
という点が重要であると思います。プラスチックそのものを一生懸命分析したり毒性試験したりする研究にはあまりプライオリティを感じませんでした。
まとめ:マイクロプラスチック問題のからくり
日本学術会議が2020年4月に公表した提言「マイクロプラスチックによる水環境汚染の生態・健康影響研究の必要性とプラスチックのガバナンス」の内容をまとめてみました。マイクロプラスチックに関する現状(マイクロプラスチックが世の中でどう見られているか)を知るにはよくまとまっている資料となっていますが、リスク学的な視点からはツッコミどころが多いです。海洋生物から検出されているという情報と、(現実よりも)高濃度で曝露されるとこんな影響が起こるという情報の組み合わせにより、リスク評価なしに悪いものと決めつけるストーリーが進んでいると感じます。