外部化社会

成長が永遠に続くというまやかしと
持続可能な開発というまぼろしを
どんな言葉でごまかしても
もう誰も信じない

政府がカネを印刷しようが
どんなにカネをばら撒こうが
どんなに投資を喚起しようが
経済成長は起きはしない

持続可能な開発というものが
貧しい人たちからの収奪でしかないと
バレてしまったあとで
なにをどう言いつくろうのか

そう グローバル・ノースの発展のモデルは
どう考えても持続可能ではない
第二次世界大戦後の資本主義の繁栄の後で
奇跡は二度と起きない

天然資源の体系的な開発は 資源のただの乱用だと
産業の発展の代償は 大気と水の汚染だと
グローバルノースの繁栄は グローバルサウスの犠牲の上にあるのだと
みんなが気づいてしまった

すべてを外部に押し付ける外部化社会
悪いことはすべて外部のことにしてしまう
グローバルサウスの富と資源を奪い
労働力や個人の人生のチャンスを奪い続ける

グローバルノースの外部化社会が 良い状態でいられるわけがない
グローバルノースの大多数の人々は 自分たちが裕福だとは思えない
そもそも 自分たちがなにをしているかを 知りはしない
誰の犠牲でいい暮らしが成り立っているのか 気付くことはない

外部化社会なんて望んではいないという
外部化社会は私たちの未来ではないという
いや それは違う
外部化社会は 今の現実だ

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