政治を通して日常を変革しようと思うと、非常にこう、なんか大雑把な形でしかできなくて、隅々の日常というふうなものまでいきわたっていかないと。その、そういう政治では変革しえない領域みたいなことを、演劇を通してやっていくということに、非常に面白い可能性があるんじゃないか。現実をイルージョンによって履がえす。それで現実がイルージョンとして、別のイルージョンとして定着したときに、それに別の現実がぶつかっていって、それが限りなく、現実とイルージョンとが葛藤していく。
僕はあの、物語りをね、中断してしまわないとね、気が済まないと。物語りは、物語としての流れのなかで完結してしまうとね、それはやっぱり、観客の中には、なんも余白が残されないわけです。常に物語りというのは半分作ってね、で、あとの半分は観客が補完して、なんか一つの世界をなしていく。
「寺山修司」
あの人に会いたい
(2007年1月13日)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm346658
**
https://www2.nhk.or.jp/archives/jinbutsu/detail.cgi?das_id=D0016010037_00000