お孝はときどき自分が恥ずかしくなる。鏡に向っているときなど特にそうだ。
「――まあいやだ、いやあねえ」
独りでそんなことを呟いて、独りで赤くなって、鏡に写っている自分の顔を、一種の唆られるような気持で、こくめいに眺めまわす。全般的に見て、いやな言葉だけれども、膏がのってきている。皮膚が透けるようなぐあいで、なにかの花びらのように柔らかくしっとりと湿っていて、撫でると指へ吸いつくような感じである。
或る気分としては眼をそらしたい。良人というものをもって半年あまりになるが、そのあいだに自分の躯にあらわれた変化は、これには自分としても衒れて、頬の熱くなることがしばしばあった。
――いやあねえ。
こう思うのはそのままの実感である。胸乳のたっぷりした重さ、腰まわりのいっぱいな緊張感、痛いほど張った太腿。そのくせ胴は細く緊って、手足も先端にゆくほどすんなりと細い。その膏の乗って肥えた部分と、反対に細く緊った部分との対比が、娘時代とはあきらかに違ったもので、つい頬が熱くなり、眼をそらしたくなるが、じっさいは胸がどきどきし、唆られるようなふしぎな気持で、いつまでも眺め飽かないのであった。
「――ふしぎだわ、女の躯って、……どうしてかしら、ほんとにいやだわ」
いやだと云いながら、しかも一方では、いくら眺めても眺め飽きないのである。
寒橋
by 山本周五郎
青空文庫
https://www.aozora.gr.jp/cards/001869/files/57612_69999.html
緊った しまった
唆られる そそられる
躯 からだ
胸乳 むなち・むなぢ
太腿 ふともも