滝沢村誌

header_title

233小正月は人間生活に付随したあらゆる必要な物の労をねぎらう意味で古くから行われ、お年越の神様はもちろんのこと、仏前・井戸・臼・鍋釜・炉・水桶・鍵等にも供餅をなし、なお牛馬鶏等の家畜にも日ごろの労を感謝していたわる良風があった。その他、仏前にはお供え餅の外「ミタマ飯」といって握り飯を作って九つ供えることを習慣としていた。また、臼に供える餅は四角に切り、その中央に白米をつみのせその上に臼をかぶせておき、後にその供物を下げるとき、その餅に成るべく多く白米の付着しているのをよしとして、その年の吉凶を試すものとしていた。その米は後で鶏に与える。神棚には松飾りをなし、年縄には幣束・昆布・田作り・蜜柑・炭などをつけて新春を寿ぐ。また松の期間が過ぎれば「ミズ木」を立て、各枝に団子をさし、なお米穂といって藁に小さく餅をちぎってつけ、数本を束ねて稲穂のように作ってこれをも吊し、また金といって竹に餅を細長くのばしたものをつけて室内に飾りつけ、見るからに一陽来福の感を起こさしめる。
また、米の餅で作った小判型の「のべ餅」を三尺位の縄に連ねて三本下げた銭、笹竹か柳の枝へ米の餅をつけたもの十二本位の米の穂、笹竹か柳の枝へ粟の餅をつけたもの十二位の米の穂、ミズ木の枝に沢山の団子をつけた繭団子、二間半から三間位の神棚一杯に張った網へ一面に吊した藁のぬさに小さい餅を無数につけたはせ架等のにぎやかな飾物もあった。

One thought on “滝沢村誌

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *