Alex Kerr

AlexCarr都市に限らず地方の小さな村にいたるまで、日本の国土が開発の手で“近代的”に変わり始めたのは60年代からです。私が日本との絆を深めていく時期は、日本のあらゆる山や川が、どんどんコンクリートに覆われていく時期でもありました。自然が残る田舎でも、京都のような歴史的な街でも、首をひねりたくなる光景が増殖していて、それらを見るたびに、心の中には激しい抵抗感が湧き上がりました。でも、日本は世界の経済大国なのだから仕方ない。変化に抵抗したり、昔を懐かしんだりする方が、時代遅れなのかもしれない。と、自分自身を疑う気持ちにもとらわれました。

My first book was a personal memoir largely based on feeling or intuition about the things that have gone wrong.

3 thoughts on “Alex Kerr

  1. shinichi Post author

    美しき日本の残像

    by アレックス・カー

    http://www.alex-kerr.com/jp/

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    Alex Kerr

    http://www.alex-kerr.com/

    Lost Japan is a series of autobiographical essays, describing experiences I had since coming to Japan as a boy in 1964, and how the country has changed.

    I wrote this book originally in Japanese as a series of articles for Shincho 45 magazine. In 1993, the articles came out as a book Utsukushiki Nihon no Zanzo (Last Glimpse of Beautiful Japan), which won the Shincho Gakugei literature award in 1994 (the first ever by a foreigner ). I later translated the book with the help of Bodhi Fishman into English, and in 1996 Lonely Planet published the English version as Lost Japan.

    My two books on Japan are yin and yang: Dogs and Demons is about “now”, but Lost Japan is about the past and what it has to teach us. It’s a very personal book, looking back to the glories of the old landscape and traditional culture.

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  2. shinichi Post author

    アレックス・カー(Alex Kerr)
    東洋文化研究者。1952年、米国メリーランド州生まれ。64年から66年まで、父の赴任に伴い、横浜に住む。74年、イェール大学日本学部卒業。72年から73年まで 慶應義塾大学国際センターで日本語研修。74年から77年まで英国オックスフォード大学でローズ奨学生として中国学を専攻し、学士号と修士号を取得。73年に日本の「三大秘境」の一つである徳島県祖谷(いや)で300年前の茅葺き屋根の農家を購入し、「篪庵(ちいおり)」と名付ける。77年から京都府亀岡市に居を構え、外国人に伝統芸術を紹介するプログラム、書や古典演劇、古美術蒐集など、日本文化の研究に励む。86年から93年まで米トラメル・クロー社(当時アメリカ最大の不動産開発会社)の日本代表を務める。90年代半ばからバンコクと京都を 拠点に、東洋文化に関する講演、通訳、執筆活動を行う。美術展示、伝統舞踊、 茶の湯、華道、書などの文化イベントの総合プロデュースも多数。2000年代に京都の町家が壊されていることを懸念して、9軒を修復して宿泊施設として開業。 2010年から景観と古民家再生のコンサルティングを地方に広げ、祖谷、長崎県小値賀(おぢか)町、奈良県十津川村などで十数軒を改修して、滞在型観光事業を営む。著書『美しき日本の残像』(93年、新潮社/2000年朝日文庫)で94年の新潮学芸賞を受賞。英訳は『LOST JAPAN』として刊行され、99年にはイタリア語とポーランド語でも翻訳出版された。02年には『犬と鬼』(講談社)を刊行。同書のオリジナル『DOGS AND DEMONS』は、01年にアメリカで初版が発行され、韓国と中国でも翻訳された。

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  3. shinichi Post author

    「人類が宇宙に移り住む時代が来たら、日本人は一番スムーズに宇宙の生活に慣れるでしょう。他の国の人たちは、時々自然の森や生まれ故郷の美しい町並みを思い出して、地球に帰りたくなる。けれども、日本人は日本を思い出してもアルミサッシ、蛍光灯、空にそびえる鉄塔、コンクリートとガラスの町しか思い浮かばないので、月での生活とそう変わらないはずです。気持よく月の暮らしを続けていくでしょう」

     電線というインフラで言えば、世界先進国の景観工学では、地下埋設がスタンダード(標準)です。たとえばスイスでは電線埋設ができない場合でも、「高圧電線の鉄塔は名勝の山の峰より高く建ててはいけない」とか「鉄塔の色は山に合わせる」といった景観への配慮がなされています。
     欧米だけでなく、今は北京、上海、香港、シンガポール、クアラルンプールと、アジアの都市も徹底的に電線埋設を行っています。いわゆる先進国の中で、電線が埋設されていないのは日本だけです。率直に言いますが、日本は電線・鉄塔の無法地帯でもあります。

     風光明媚を売りにする観光地でも、日本では看板を抜きにした風景は存在しません。「○○ホテル」「○○食堂」「3キロ先、手打ち蕎麦」の類はもちろんのこと、「のぼらないで下さい」「危険物品持込厳禁」から「人権擁護都市宣言の町」「消費税完納推進の町」にいたるまで、日本の看板は実にダイバーシティ(多様性)に富んでいます。
     私たちはホテルのロビーや公園、田んぼの中、鳥居や祭壇、高級レストランまで、ありとあらゆる場所でさまざまな形、色、字体の看板と出くわし、目の休まるところがありません。そこにあるのは、相手が読もうが読むまいが、看板に書いてさえおけば、人は禁煙するし、まちをキレイにする、ご多幸もやってくる、消費税も完納するだろうという意識です。
     私は「看板を立てるな」と言っているわけではありません。しかし本来、看板とはニーズに合わせて設置すべきものです。看板の内容は言うまでもありませんが、色・大きさ・形状・素材・数量・字体などを洗練することで、それは最も適切なものになるはずです。その工夫はテクノロジーの一種で、つまり看板にも“先端技術”はあるのです。そのような工夫を無視して、ただやみくもに看板を立てれば人は従う、という思い込みが日本の町をどれだけ損なっていることでしょうか。

     土木をはじめ建築の施工でも、日本の建設技術が世界でも類を見ないことは事実です。しかし、土木工事における「先端技術」とは、「環境に配慮して、簡素で周囲に溶け込む」ことが、本来あるべき方法のはずです。その観点から見ると、日本の「先端技術」は他国に優れるどころか、実は大きな遅れをとっているのではないかと疑問が湧いてきます。
     手当たり次第に工事が進んだ結果、日本人は自然の中に住むのではなく、コンクリート構造物の中、場合によっては、それに乗っかった形で生活するようにもなっています。
     世界が環境への影響に敏感になり、コンパクトな土木工事を目指す時期に、日本は大きく、太く、厚く、お金をたっぷりかけたものが偉大な技術なのだ、という錯覚に陥りました。皮肉なことに、世界に冠たる日本の土木技術は、巨額の税金を使って技術を磨き抜いていくうちに、世界の潮流から遅れてしまったのです。
     日本の仕組みには、「老朽化したダムを撤去しよう」「必要ない道路建設をやめよう」「護岸工事を最低限に小さく抑えよう」という発想はありません。 大きく作ることしかメニューにないので、極めて単純な構想、一種の「空」の中で企画が進みます。「空」ですから、今度は面白くおかしなデザインに走ります。土木が進んだ挙げ句、お遊びたっぷりの前衛芸術という分野に発展してしまいます。
     これからの公共事業で大きな課題となるのは、「足し算」より「引き算」です。その観点で見れば、電線の埋設も、不要な施設の取り壊し・撤去も、巨額の費用が必要で、かつ、たくさんの雇用を生む事業となります。 
     実際、アメリカでは、この数十年で数百の不要なダムを取り壊しました。しかし日本では取り壊し作業はほとんど顧みられず、その結果、各地に醜い構造物、錆びた看板、閉鎖した工場などが溜まり、実に殺伐とした汚らしい光景が広がっています。日本は戦後の約70年で、見事なまでに国土を汚してしまいました。
     今後は、取り壊し・撤去、管理といった「大掃除」の時代です。欧米では、こうした「掃除」の技術が随分と進み、同時に実効性のある公共事業になっています。世界に通用する先端技術を用い、社会のニーズに合った公共事業を行えば、日本にとっても健全な国土作りは可能なのです。

     北九州市の「門司港レトロ地区」は、文字通り、地域のレトロスペクティブ(懐古的)な景観を生かした、近年の観光再開発として注目されています。
     明治時代に栄えた一帯は、木造建築の「門司港駅」を始め、レンガや石造りの商館が当時の面影を伝えています。
     2007年にこの地区に建てられた「門司港ホテル」は、イタリア人建築家のアルド・ロッシの設計です。このエリアの歴史的な特徴を用いて、新しい建物でありながら、昔からの雰囲気も伝える建築になっています。
     では同じエリアで、日本の建築家が何を作ったかというと……。
     黒川紀章さんが設計したタワーマンション、「門司港レトロハイマート」です。
     もうレトロなんて関係ない、レトロより賞を獲ろう。こういうものが、日本の建築業界では、認められています。

     昔、中国の皇帝が宮中の絵師に、「何が描きやすいか」と聞いたところ、「犬や馬は描きにくく、鬼は描きやすい」と彼が答えた、という『韓非子』の中のエピソードに因った言葉です。
     つまり、犬や馬のように身近にいる平凡なものは描きにくく、グロテスクな想像上の産物は描きやすい、ということです。白洲先生は笑いながら「椿一輪を活けることはなかなかできないことですが、モンスターのような“生け花”はどの家庭夫人でも簡単に作れますよ」と、言っておられました。
     景観についても同じです。電線埋設、看板規制、歴史的な町並みの保存、大学や病院の整備、田舎の簡易水道など、そのような「犬馬」、つまり地味なことには目が向けられず、その代わり、奇抜な「○○公会堂」「○○記念館」「○○タワー」は、どんどん建てられる。バブル期以降、日本全土でそのような「鬼」が増殖しましたが、一方、静かで目に見えない「犬馬」の部分は手が付けられなかったのです。
     私は建築家によるモニュメントを、すべて否定しているわけではありません。むしろ、人間の持つ想像力、創造力を発揮するためには、新しい建築は大いに必要とされるし、優れたものは評価されるべきだと思っています。
     私が問題にしているのは、建築家の作品が、「その場所にふさわしいか」、「用途・目的に適しているか」という基本的な検証がされずに、予算ありきの中で建てられていく、その構図です。「偏在の場」、「ゲーテアヌムによる“霊的建築”」はどうでもいいのです。「格調ある神社の社務所」「過疎対策」といった、本来の課題に向き合い、その場所にふさわしく、適切な用途を担った現代建築ができることこそ、評価されるべきです。

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