半藤一利

司馬さんがノモンハン事件をテーマに小説を書こうとしたことはよく知られ、準備も進めていました。私は事の経緯に直接タッチしていたのですが、司馬さんは、旧陸軍の連隊長で、ノモンハン事件の渦中にいて生き残った須見新一郎さんという方を取材していました。須見さんは真っ直ぐな生き方ををした美しい日本人で、それゆえに関東軍や参謀本部を批判して陸軍を追われました。司馬さんはその須見さんを主人公に据えるつもりだったと思います。
ところが、司馬さんが『月間文藝春秋』に求められ、元大本営作戦参謀の瀬島龍三氏と対談したところ、須見氏から『あのような人物と楽しげに対談するあなたに絶望した。今まで話したことは一切なかったことにしてくれ』という旨の絶縁状が送られてきたのです。それで執筆を断念したと私は推察しています。
もし書き上げていれば、司馬さんは、須見さんの視点で当時の権力の中枢にいた日本人の愚劣さを正面から取り上げていたかもしれませんね。

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