人類の青年時代は、もはや過去のものになりつつある。人間が人間を滅ぼし得る力を、自然の中から自らの力でつかみとってしまった現段階は、自然と人間の関わりをさらにまた大きく変化させたといわざるをえない。人類はいまや壮年時代に入ったといわなくてはならないと思うのです。それならそれなりの勇気と智慧を持って、これからの社会の問題を考えていく必要があると思います。
その時に、人間にはどうしようもない力を、聖なるものととらえていた古代人のあり方からも学ばなくてはならない。人間は自然を新しく知り、その力を開発していく。これは人間の本質ですが、同時に有限の存在である人間が、自然のすべてを知りつくすことができないということもまた、一方の現実であります。そういう人間の力を超えた自然の力について、われわれが認識を深めることと、宗教の問題は深い関わりがあると思います。人間の前進は引き返すことはできない。しかし前に進んで行く時に、これまで人間が何を切り捨ててきたか、前進の中で何を見失ってきたかを絶えず注意深く見つめながら、先へ進んでいかなくてはいけないと思うのです。
新版 日本中世に何が起きたか――都市と宗教と「資本主義」
by 網野善彦
「境界に生きる人びと」より
(sk)
太字にしたところ、つまり「人間の力を超えた自然の力について、われわれが認識を深めることと、宗教の問題は深い関わりがあると思います」のところだけが、よく紹介される。
でも、その部分だけを読むのと、前後を含めて読むのとでは、感じが全然違う。
一部分だけ取り出してコメントしたり、議論したりというのは、筆者には迷惑なだけだ。