- 算数教育業界全体が掛算の順序に強くこだわる教育を推進している。
- 算数教育業界には具体的状況を式だけで忠実に表現させようとする習慣があり、式だけを見て具体的状況が一意に決まるということになっているらしい。
- たとえば、算数教育業界では、「6人に7個ずつ飴を配るときの飴の総数」を「6×7」と書くと、6人の7つ分で答えが人の人数になってしまったり、6個ずつ7人に配るという意味になってしまったりする場合がある。しかし、世間一般では、「6人に7個ずつ配る」という文脈で「6×7」と書いても、6人の7つ分で答が人の人数になってしまったり、6個ずつ7人に配るという意味になってしまったりすることはなく、文脈から「6×7」は6人に7個ずつ配る様子を表わしていると解釈する。算数教育業界にはこのような常識に真っ向から対立するスタイルで「具体的状況を式で表わすこと」を教えようとしている。
- 算数教育業界では「具体的状況を掛算の式で表わすときには、一つ分×幾つ分の順序で式を書かなければいけない」とされている。一般に、同じ個数を含むグループが幾つかあるとき、一つのグループが含む個数を「一つ分の数」と呼び、グループの個数を「幾つ分の数」と呼ぶ。もちろん「一つ分×幾つ分の順序で書く」というルールは世間一般では通用しない。実際、小学生の大会であっても4×100メートルリレーという言い方をするし、我々の社会では単価×数量と数量×単価のどちらの流儀も普通に使われている。さらに、そのルールを仮定しても「6人に7個ずつ配る」という状況を「6×7」という式で表わすことは誤りにはならない。なぜならば、トランプのように6個ずつ7周配る様子を想像しながら、6を一つ分の数、7を幾つ分の数とみなせるからである。トランプ配りの考え方を一般化すれば、一つ分と幾つ分の考え方のもとで、掛算の交換法則は「一つ分と幾つ分の数の立場をいつでも自由に交換できること」を意味していることがわかる。だから、「6×7」のような式を見ただけで「一つ分×幾つ分の順序ではない」と判定することは、掛算の交換法則の意味を理解していれば、常に不可能だということになるのだ。
かけ算の式の順序にこだわってバツを付ける教え方は止めるべきである
by 黒木玄
http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/LaTeX/20101123Kakezan.html
____________________________________________
この文書は長過ぎるので以下の2つを最初に読んでおくと良いかもしれない。
掛順こだわり教育に関する資料[2012年10月17日] (中日新聞取材受諾メールに書いた資料)
ベネッセの回答へのコメント (ベネッセによる回答のすべての段落にコメント)
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◇A59にまとめがあります。最初に読んでおくと大体の状況がわかると思います。
普通の人は別世界に飛び込んでしまった印象を持つかもしれませんが、
そこで紹介されている話はすべて現実の話です。
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twitterでの関連の発言をまとめて読む
最近ではこの話題は主にtwitterて扱っています。
周囲からの情報によって少しずつ考え方を変えて来ています。
この件はまだわかっていないことが多いと思う。
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この文書の目次にジャンプ
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●2011年12月26日 「掛け算順序固定」問題対策本部に目次を作っていただきました。
本年度は「6×8は正解でも8×6はバッテン?あるいは算数のガラパゴス性」で
この問題が大ブレークしましたね。大量の反響があった。
これから毎年小学2年生がかけ算を習う季節になるとこの問題で騒ぎになるかも。
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●2011年09月28日 式の扱い方に関する事例集に事例4を追加した。
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●2011年08月29日
リンク集に「リヴァイアさん、日々のわざ」の
を追加しました。
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●2011年08月21日
仮想Q&AのA6では現在の学習指導要領は無実であると明言してしまっていますが、
意見を変えました。現在の学習指導要領解説算数編の57-59頁にある式への過剰な
役割分担には問題があります。
かけ算の順序にこだわる教え方の背後には「かけ算の意味」と「立式は誤り」
という考え方があります。かけ算の式の順序を逆にすると「かけ算の意味」が
変わってしまうので「立式は誤り」だということにされてしまうわけです。
式の使用には簡潔さや明瞭さおよび形式的な処理の容易さの点でメリットがあります。
しかし式だけでは具体的な状況や複雑な思考過程を表現するためには力不足なのです。
だから考え方を重視したければ式以外の方法を使って考え方を表現させる必要が
生じます。
そこのところを誤解して具体的な状況や複雑な思考過程のすべてを式で表現させよう
とすると、算数の教え方が大きく歪んでしまうことが予想されます。
かけ算の順序にこだわる教え方もそのような歪みが目立つ形で現われたものだと
みなせると思います。式に過剰な役割を課す考え方についてはドラゴン氏の迷言
を見て下さい。
◆2011年8月21日のツイッターでの発言
2011年8月21日のツイッターでの私の発言を以下に引用しておきます(一部修正)。
【かけ算】ああ、なるほど。今まで「かけ算の順序にこだわる教え方」について現在の
学習指導要領は無実という立場でしたが、現在の学習指導要領解説のpp.57-59に問題が
ありそうな説明がありますね。かけ算の話そのものではないので見逃してしまっていま
した。つづく。
【かけ算】つづき。 bit.ly/ojvC3O から「算数(1)第1章~第2章」 bit.ly/pzyy3T
(PDF)をダウンロードしてpp.57-59を見て下さい。特にp.58の式の働き(ウ)(エ)と式の
読み方(ア)(エ)とその解説に注目。つづく
【かけ算】つづき。pp.58-59には「3人で遊んでいるところに4人来ました」を3+4
という式で表わしてもすぐに計算して一つの数になってしまうことから「3+4という
式が具体的な事柄を表しているという見方がしにくいことがある」と書いてあります。
つづく
【かけ算】つづき。さらに「結果を求めることだけに終わるのではなく、式の表す意味
に注目できるような配慮が必要である」と書いてあります。これはかなり問題のある説
明です。式に意味を求め過ぎるという諸悪の根源がまさにここにあります。つづく
【かけ算】つづき。算数教育の世界ではへたをすると「3人で遊んでいるところに4人
来ました。ぜんぶで何人になりましたか」に「4+3」と式を立てると「答は合ってい
るが、立式は誤り」とか「足し算の式の意味がわかっていない」のような無茶な教え方
をされてしまう危険性があります。つづく
【かけ算】つづき。学習指導要領解説算数編のp.58-59の説明はまさに式に意味を求め
過ぎる悪しき習慣をそのまま伝える内容になってしまっているように見えます。
より正しい式の働きと読み方に関する考え方は次の通りです。つづく。
【かけ算】つづき。まず、p.58にある式の働き「(ウ)式から具体的な事柄や関係を読み
取ったり、より正確に考察したりすることができる」は大幅に修正が必要です。式にし
た途端に具体的な情報が落ちてしまうことを認めたより誤解のない説明に置き換える必
要があります。つづく。
【かけ算】つづき。次に式の働き「(エ)自分の思考過程を表現することができ、それを
互いに的確に伝え合うことができる」も誤解を招く説明になっています。思考過程を式
だけで表現することは不可能です。思考過程はあらゆる道具を使って表現するように指
導するべきです。つづく。
【かけ算】つづき。式の読み方「(ア)式からそれに対応する具体的な場面を読む」は完
全に削除しなければいけません。式の読み方「(エ)式から問題解決などにおける思考過
程を読む」というのも注意が必要で現実には式だけを見て思考過程を知ることは不可能
です。つづく。
【かけ算】つづき。以上のように学習指導要領解説算数編では式に課すには不適切な役
割を式に課そうとしています。「かけ算の順序にこだわる教え方」のキーワードが「か
け算の意味」「立式は誤り」でした。かけ算の式への過剰な役割分担がそのようなおか
しな教え方を支えているわけです。つづく。
【かけ算】つづき。個人的にこれでもやもやがかなりすっきりした感じがしています。
意見を変えます。現在の文科省も有罪です。現在の学習指導要領算数編のpp.58-59にあ
る式への過剰な役割分担の記述は大問題だと思います。
◆小学校学習指導要領解説算数編(平成20年6月)58-59頁からの引用
小学校学習指導要領解説算数編(平成20年6月)の58-59頁には以下のように書いてある。
式には,次のような働きがある。
(ア)事柄や関係を簡潔,明瞭,的確に,また,一般的に表すことができる。
(イ)式の表す具体的な意味を離れて,形式的に処理することができる。
(ウ)式から具体的な事柄や関係を読み取ったり,より正確に考察したりすることが
できる。
(エ)自分の思考過程を表現することができ,それを互いに的確に伝え合うことがで
きる。
次に,式の読み方として,次のような場合がある。
(ア)式からそれに対応する具体的な場面を読む。
(イ)式の表す事柄や関係を一般化して読む。
(ウ)式に当てはまる数の範囲を,例えば,整数から小数へと拡張して,発展的に読
む。
(エ)式から問題解決などにおける思考過程を読む。
(オ)数直線などのモデルと対応させて式を読む。
このような式について,第1学年では,加法及び減法が用いられる場面を式に表し
たり式を読み取ったりすることを指導する。例えば,「3人で遊んでいるところに4
人来ました。」という場面を,3+4の式に表すなどの指導をしている。しかし,こ
うした式は計算をしてすぐに一つの数になってしまうことから,3+4という式が具
体的な事柄を表しているという見方がしにくいことがある。結果を求めることだけに
終わるのではなく,式の表す意味に注目できるような配慮が必要である。
◆式の扱い方に関する事例集
◇事例1 仮想Q&AのQ38で紹介されている「2×8ならタコ2本足」の授業
これはまさに式の読み方「(ア)式からそれに対応する具体的な場面を読む」を
そのまま忠実に教えている授業だとみなすことができます。
「タコ2本足」の授業が何のお咎めも無しに行なわれてしまうことについて、
文科省には責任があると思います。
「(ア)式からそれに対応する具体的な場面を読む」の解釈について誤解があると
いうならばその誤解を正す責任があると思う。
◇事例2 東京都教職員研修センターの平成17年度の報告集 (PDF)
これの3頁には文部省が平成11年5月に発行した学習指導要領解説算数編の58-59頁から
の引用があります。平成20年6月発行版の57-58頁の対応する部分と完全に同じ文章が
そこで引用されています。
そしてその5頁では「A 演算の意味をとらえること」の例として次のように
「増加の場面」の扱い方が説明されています。
>例:増加の場面
> どちらの場面も4匹入っていて
> 水槽に3匹を加えている意味か
> ら「4+3」を確認する。
その横には次のような図がある(適当にテキストで図を置換した)。
> ┌───┐ ┌──┐
> ↓ │ │ │ │ ↓
> ├──────┤│ 金魚 │ │ 金魚 │├──────┤
> │ 金魚 金魚││金魚 金魚│ │金魚 金魚││ 金魚 金魚│
> │ │└─────┘ └─────┘│ │
> │金魚 金魚 │ │金魚 金魚 │
> └──────┘ └──────┘
>
> 『問題の文章に「3ひき」が先に出てきても、
> 「3+4」にならないこともありますね。』
この図の右側の場合であっても「3+4」としてはいけないと言いたいらしい。
式はとても簡潔な表現手段なので「式からそれに対応する具体的な場面を読む」
ことができるようにするためには前もって特別なルールを決めておく必要があります。
上の引用はそのためのルールが示されている場面だとみなせます。
上の引用部分で「4匹に3匹を追加」および「3匹を4匹に追加」は
「4+3」であり、「3+4」ではないと宣言されています。
私は「3匹を4匹に追加」の場面で「3+4」と式を書いた子どもにバツを付ける
というような問題が教育の現場で発生したという話を聞いたことがありません。
その代わりによく聞くのがかけ算の場合の話です。
◇事例3 ドラゴン氏の迷言
kikulogでの議論でドラゴン氏は
考えに対応した式は1つで、式に表した段階では解説は不要ということです
とびっくりさせられるような発言をしていました。「式で表した段階で解説は不要」
ということにするためには前もって特別なルールを決めておかなければいけません。
かけ算の順序に関するこだわりはまさにこのような形で強化されているのです。
このドラゴン氏は算数教育に関わっていると述べています。
そしてkikulogでは円周率に関する議論(まとめ2011年2月21日)では
今回の学習指導要領を作成した協力者に知り合いもいると述べていました。
ドラゴン氏が「式で表した段階で解説は不要」のような考え方を誰の影響で身に付けて
しまったかは興味深い問題だと思います。
◇事例4 【ゆっくり理解】なぜ3×5で正答で、5×3が小2のテストでは誤答なのか
このブログ記事でも学習指導要領解説算数編から上で引用したのと同じ部分が
引用されています。そしてブログ主は次のように述べています。
|子どもたちに伝えるとしたらこんな感じです。
|
|「式っていうのは、算数では言葉なんだよ。思っていることや考えていることを
|式に表して伝えることができるんだ。だから、式から考え方が分かったり、式に
|しようとすることで考えが深まったりするんだね。」
穏健に解釈すればこれは問題がない考え方だと思います。
しかし、「4×3や3×5という式を見ただけで具体的場面や思考過程がひとつ
に決まってしまうほど分かってしまうようにしなければいけない」というように
解釈すると滅茶苦茶な考え方をしていることになります。
この事例は事例3に似ています。
実際にブログ主は滅茶苦茶な考え方をしているように見えます。
ブログ主はかけ算の交換法則を子どもたちに発見させた後に
次のように教えているらしい。
|ひっくり返しても同じなのは答えだね。でも、式の表す意味は変わってくるよね。
ここで「式の表す意味」とはかけ算の式を「(一つ分)×(いくつ分)」の順序に
書かなければいけないという特殊なルールのことです。
さらに、ブログ主曰く、
|アレイ図では、何を一つ分として考えたかは完全に自由です。
|ただ、それは式の意味が
|一つ分 × いくつ分 で統一されているからであり、この統一が崩れていると、
|いくら式をみんなで見せ合ったところで意味を読み取ることができません。
|いわば、式での一つ分×いくつ分は、式という記号化されたものから、
|具体へとデコードするための規則を定めていると言っても良いと思います。
このように「いくら式を見せ合ったところで意味を読み取ることができません」
という状況になってしまわないように大変な努力をしているわけです。
しかし、通常、文脈や言葉や図やグラフなどもろもろの付随情報が無ければ、
式を見ても具体的場面や思考過程の詳細を知ることはできません。
だから、式だけではなく、他のあらゆる道具を用いて考え方を伝えよう
と努力することが重要なのです。
式は表現手段として簡潔過ぎるので式だけだと分かり難くなることが多く、
その欠点を補うためにちょっとした情報を付け加えることはよくやられています。
たとえば式の中の数字や記号に小さな文字でちょっとしたコメントが
付いているだけで分かり易くなる場合は多い。
念のために式だけを見ても具体的場面や思考過程が分からないことについて
詳しく説明しておきましょう。
「犬が3匹いるとき足の数は全部で何本か?」という問題に対して
「3×4」という式が書かれているとき、文脈から3は犬の数であり、
4は各犬ごとの足の数であることがわかります。
さすがにこのレベルで誤解することは難しいでしょう。
しかし問題の文脈を離れて「3×4」という式を見ても
3と4が何を意味しているかはわかりません。
さらに同じ問題の文脈の中で「3×4」と書いてあっても、3と4のそれぞれが
ひとつあたりの数といくつ分の数のどちらの数であるかは確定しません。
「左前足、右前脚、左後脚、右後足がそれぞれ3本ずつあるので3×4だ」
と考えている場合には3がひとつあたりの数で4がいくつ分になります。
「3×4」と式を書いていても「各犬ごとに足が4本ずつあって、犬が3匹」
と考えていれば4がひとつあたりの数で3がいくつ分になります。
もしかしたらもっと別の正しい考え方をしている可能性だってあります。
たとえば犬の足を3×4の長方形型に並べて描いた模式図(下図)を思い浮かべて、
長方形型にモノが並んでいる場合の全体の数をかけ算で計算できることを使えば、
どちらがひとつあたりの数であるかを確定させることなく、
正しい考え方で正しい答を出すことができます。
足足足足
足足足足
足足足足
このことから、ひとつあたりの数といくつ分の区別にこだわり過ぎることにも
問題があることがわかります。なにごともこだわりすぎは有害だと思います。
このように式だけを見ても具体的場面はわからないし、
思考過程であれば問題の文脈が確定していてもわからないことの方が多い。
答はひとつであっても解き方は複数ある!これは大事なことです。
かけ算を使うことを前提にしても考え方は複数あるわけです。
ブログ主が「ひとつあたりの数といくつ分を常に区別させなければいけない」
というドグマを捨て去ることができるかどうかは不明ですが、
上で引用したように式以外の情報が無ければ具体的場面や思考過程を
知ることができないことにブログ主は気付いています。
ブログ主はその解決策としてかけ算の式の順序に関する特別なルールを
子どもたちに強制するという不合理な方法を選択してしまいました。
しかし常識的かつ合理的な解決策は「式だけに頼らない」です。
式を書いただけで十分に説明したつもりになるのは誤りです。
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2011年02月18日のまえがき (後の方に移動しました)
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敬称を略す場合もあるかもしれません。
長くなってしまいました。
最も長い補遺4の「仮想Q&A」を最初に読むのが良いと思います。
2011年2月17日:「仮想Q&A」があまりにも長過ぎるので
まとめの索引リンク集をA59に作っておきました。
●0. リンク集
この文書を読むときには以下のリンク先も読んでおくと良いと思います。
(きくちまことさんのブログ)
(mixi のここにもたくさんの情報がある、2009年1月~4月)
(積分定数さんのブログ)
(メタメタさんのブログ)
(リヴァイアさん、日々のわざ)
●1. はじめに
小学校の算数における掛け算の授業で次のような問題が出されました。
「6人のこどもに、1人4こずつみかんをあたえたい。
みかんはいくつあればよいでしょうか?」
生徒は「6×4=24」と答えました。
すると先生はバツを付けました。
この件に疑問を持った親が教師に訊ねてみると……
このような事例が現実に存在することに私が気付いたのは1997年2~3月に
理科教育MLと fj.education.math を読んだときです。
私の手もとにはそれらの記録が残っています。
最近、この話題がブログやツイッターなどで盛り上がっているようです。
1997~8年の頃と同じような意見(正しいものも間違っているものも)が多い。
しかし、以前の議論では出て来なかった情報も出て来ているようなので
興味深く読んでいます。
たとえば、掛け算の順序にこだわる教師に関する話題は
1972年までさかのぼれることを新たに知りました。
うかつなことに知りませんでした。
http://ameblo.jp/metameta7/entry-10196970407.html
で1972年1月26日の朝日新聞の記事が紹介されています。
さらに「長方形の面積を横×縦で計算したら減点された」
というような事例も報告されていることに気付きました。
http://oku.edu.mie-u.ac.jp/~okumura/blog/node/1870
でそのような事例が報告されています。
これには非常に驚きました。ひどすぎる!
1972年からこの問題の解決がほとんど進んでいないように見えます。
私は掛け算の順序にこだわってバツをつける教師が犯した重大な誤りは
次の二つだ考えています。
A. 掛け算のある特定の解釈に基づいた特殊ルールを押し付ける偏狭さ。
B. a×b という式には正しい解釈がたくさん存在するのに、
ある特定の解釈だけが正しいと考えてしまうこと。
特に前者の偏狭さはすぐにでもなんとか改善できないものかと思います。
しかし後者の間違った考え方の修正無しに改善は不可能かもしれません。
「6人のこどもに、1人4こずつみかんをあたえたい。みかんはいくつあればよいで
しょうか」という問題に「6×4」と式を立てることが誤りだと主張する人たちは、
ある特定の解釈以外を認めないという偏狭な態度を取っていることになります。
その特定の解釈は1972年の朝日新聞記事では「6×4は6+6+6+6を意味する」
というものになっています。教師はみかんを一人4個ずつ6人なので
4+4+4+4+4+4を意味する4×6という式を書かなければ
誤りだとしたわけです。
他にも「1あたりの数」「いくつ分」もしくは「掛けられる数」「掛ける数」のような
言葉を用いた解釈に基づいてバツを付けるというパターンもあるようです。
その特定の解釈では掛け算は「1あたりの数」×「いくつ分」もしくは
「掛けられる数」×「掛ける数」の順序に書かなければいけないとされており、
その順序で書かなければバツになってしまうらしい。
これらの a×b の解釈は単なる特殊ルールに過ぎず、普遍的に通用する考え方では
ありません。実際、上とは逆順のルールが主流の国や言語圏が存在します。
以下では主として、掛け算は「1あたりの数」×「いくつ分」の順序で書くと
いう特殊ルールに焦点を当てて議論を進めることにします。
●2. 「1あたりの数」×「いくつ分」の順に書かないと誤りとするのは誤り
http://blogs.yahoo.co.jp/satsuki_327/33805606.html
に遠山啓さんがこの件についてどのように言っているかが引用されていました。
その引用を孫引きすることにします。
遠山啓著『量とは何かI』(太郎次郎社、1978)の「II-外延量と内包量」の章の
「6×4、4×6論争にひそむ意味」(p114-120)という節より:
「この問題の答えとして、4×6 だけが正解であり、ほかを誤りとする理由はどこに
もない。もともと算数の考え方は一通りしかないと思いこむのがおかしいので、多種多
様な解き方があってよいのである。ミカンを配るのに、トランプを配るときのやり方で
配ると、1回分が6こ、それを4回配るのだから、それを思い浮かべる子どもは、むし
ろ、6×4=24という方式をたてるほうが合理的だといえる。」
この引用文を読む限りにおいて、遠山啓さんは
a×b という式を書くときには
a は「1あたりの数」で b は「いくつ分」でなければいけない
という特殊ルールを捨てていないようです。
だから、「6人のこどもに、1人4こずつみかんをあたえたい。みかんはいくつあれば
よいでしょうか」という問題に「6×4」と式を立てても間違いにするべきではないこ
との根拠として、みかんをトランプのように配るというアイデアを出さなければいけな
くなってしまっています。
しかし、「トランプのように配るという解釈もあるから6×4も正しい」という理屈で
押し通してしまうと、
a×b という式を書くときには
a は「1あたりの数」で b は「いくつ分」でなければいけない
という日常生活で掛け算を使うときには不必要な特殊ルールを温存し続けてしまうこと
になります。
「多種多様な解き方があってよい」ということを強調する点には心の底から共感できる
のですが、掛け算を「1あたりの数」×「いくつ分」の順で書くという特殊ルールを
当然の前提とした上で掛け算の式の順序を見て理解を判定することに問題があること
を強く指摘するべきだと思いました。
解き方が一通りしかないと思い込むことがおかしいだけではなく、
a×b の正しい解釈が一通りしかないと思いこむこともおかしいのです。
実際には掛け算には(導入の方法によっては直観的にも明らかな)可換性があるので、
a×b の a が「いくつ分」で b が「1あたりの数」であっても全然構いません。
実際そういう流儀が主流の国もあります。どの数を「1あたりの数」「いくつ分」
とみなすかは掛け算の式の順序とは無関係の問題です。
「6人のこどもに、1人4こずつみかんをあたえたい。みかんはいくつあればよいでし
ょうか」という問題において、「1あたりの数」は4で「いくつ分」が6であると解釈
して4×6と答えても正しいのです。考え方も式の立て方も計算の結果もすべてが正し
い。トランプのようにみかんを配ることを想像する必要はまったくありません。
掛け算を導入するときに、a×b という式において a は「1あたりの数」で b は
「いくつ分」を意味すると教える方針を提案する人は、この不要なルールを捨て去る
段階までの道筋を示す必要があります。算数はもっと自由なのですから。
もしもそのような道筋を示さずにこの特殊ルールにしたがった教え方を広めてしまった
とすれば、結果的に不要な特殊ルールを子どもに強制したままで終わってしまうような
教え方を広めてしまった可能性があります。
遠山啓さんはこの不必要な特殊ルールを捨て去る段階までの道筋を示していてかつ広める
努力をしていたでしょうか?もしもしていなかったとすれば、遠山啓もこの件では批判さ
れなければいけない当事者の一人だということになると思いました。
算数教育の目標は上で述べたような特殊なルールを子どもに教え込むことではなく、
普遍的に通用する算数の考え方を子どもに身につけてもらうことです。
何度でも繰り返しますが、ここで問題になっている
a×b という式において a は「1あたりの数」で b は「いくつ分」を意味する
というルールは普遍的に通用する考え方ではありません。
このような特殊ルールを子どもに強制してはいけません。
それではこの偏狭さの原因はどこにあるのか? その原因のひとつは
「子どもの理解度を掛け算の式の順序の書き方を見て判定しようとすること」
にあるように思われます。 (実際には単なる誤解が原因の場合も多いようですが。)
●3. 掛け算の式の順序にこだわったダメな教え方の例
前節で私が述べたかったことを理解してもらい易いように、
私が問題有りとみなしている掛け算の教え方の例を以下に挙げておきます。
(1) 掛け算を「1あたりの数」×「いくつ分」の形式で導入し、
「6人のこどもに、1人4こずつみかんをあたえたい。
みかんはいくつあればよいでしょうか」という問題を出し、
「6×4=24」という回答にバツをつける。バツをつけた理由として、
24という答は正しくても式の立て方が間違っている、
掛け算は「1あたりの数」×「いくつ分」の順序で書く規則になっている、
などと説明する。
(2) 「6×4=24」と答えた子どもが、
一人あたり4個配るので「1あたりの数」は4であり、
6人いるので「いくつ分」は6である、
と教師が意図していたように正しく理解していたとしても、
掛け算は「1あたりの数」×「いくつ分」の順序で書くと教えたので、
「6×4=24」にはバツを付けなければいけない、などと主張する。
(3) 掛け算の可換性を認識している子どもに
「どっちの順番で書いても結果は同じでしょ」と言われたとき、
掛け算は「1あたりの数」×「いくつ分」の順序で書かなければいけない、
順序を変えると式の意味が変わってしまうので間違いになる、と指導する。
(4) 「6×4=24」と答えた子どもが、
トランプのように配れば「1あたりの数」は6で
「いくつ分」は4になると考えていたことを知った途端に、バツをマルに変えて、
よくできましたね、ごめんなさい、バツにしたのは間違いでした、
掛け算は「1あたりの数」×「いくつ分」の順序で書くという規則に
しっかりしたがっていたのですね、だから本当はマルでした、と説明する。
この手の教え方は特殊ルールの単なる押し付けに過ぎません。
上の例では、掛け算の式の順序に関する特殊ルールの押し付けたい理由は
子どもの理解度を掛け算の式の順序の書き方を見て判定しようとしています。
このようなダメなやり方が偏狭さの原因になっているように思われます。
この点については補遺4の仮想Q&Aでより詳しく扱います。
また、遠山啓さんの「トランプ配り」の指摘だけでは(4)のようなダメな教え方を
排除できません。
問題:上の(1)~(4)のような教え方が間違っている理由を述べよ。
解答例:
(1) 掛け算は「1あたりの数」×「いくつ分」の順序で書かなければいけないと
いう特殊ルールを強制しない限り、「6×4=24」にバツを付けることは不可
能です。しかし、算数教育の目標はそのような特殊ルールを強制することではあ
りません。普遍的に通用する算数の考え方を身に付けてもらうことが目標です。
だから特殊ルールにしたがわなかったという理由でバツを付けることは誤りです。
教師が示した特殊ルールににしたがわない子どもであっても正しい考え方をして
いる可能性があります。正しい考え方をしているのにバツをつけてしまうような
教え方は避けるべきです。
(2) 子どもが「1あたりの数」「いくつ分」の概念を正しく理解しているのだか
ら、その点を褒めてあげるべきです。子どもが成功したときに褒めてあげること
は教育の基本でしょう。自分が採用した特殊なルールにしたがわなかったという
理由でバツをつけるのはあまりにもひどすぎる。
(3) 子どもが掛け算の可換性を正しく認識していることを褒めてあげるべきです。
a×b という式は「1あたりの数」×「いくつ分」という意味を持つということは
単なる特殊ルールに過ぎません。子どもの数学的才能を無視して教師が示した特殊
なルールにしたがったかどうかでバツを付けてはいけません。
(4) 褒めるべき点は「トランプのように配る」という教師の意図とは別の正しい
考え方を示したことであり、掛け算の順序に関する特殊ルールにしたがったこと
ではありません。褒めるところを間違えると、子どもを間違った方向に誘導して
しまいます。
掛け算に関する間違った考え方と教え方が根絶されることを願ってやみません。
最大の問題は掛け算に関する間違った考え方と教え方を積極的に
広めている勢力が存在するように見えることです。
教科書の指導書や教材に掛け算の順序にこだわる間違った考え方と教え方を
書いて広めている人たちがいるようです。まったく困ったことだと思います。
●4. 補遺1. 掛け算の式の順序だけを見て理解度を確認しようとすることは間違い
掛け算の式の順序をどのように書いているかどうかだけを見て、
「1あたりの数」「いくつ分」を理解しているかどうかを確認するのは
間違ったやり方です。
なぜならば、「1あたりの数」「いくつ分」の概念を正しく理解していることと、掛け
算を「1あたりの数」×「いくつ分」の順序で書くという特殊ルールにしたがったかど
うかは別の問題だからです。
まず、その特殊ルールにしたがっていなくても「1あたりの数」「いくつ分」を正しく
理解しているかもしれません。なぜならば上で挙げた例(2)のような場合があるかもし
れないからです。
さらに、特殊ルールにしたがっていても「1あたりの数」「いくつ分」を正しく理解し
ているとは限りません。単なる偶然もしくは算数の内容の理解ではなく
「空気を読む能力」によって特殊ルールに一致する順序で式を
書いただけなのかもしれません。
生徒が「1あたりの数」「いくつ分」を理解しているかどうかを確認したければ別の方
法を使う必要があります。
●5. 補遺2:掛け算の可換性と解釈の多様性
次の図のようにタイルが並んでいるときタイルは全部で何枚ありますか?
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この図におけるタイルの枚数を4×6と書いても6×4と書いても構いません。
このような図を使って掛け算を導入すれば掛け算の可換性は直観的に明らかになってし
まいます。わざわざ九々の表などを見て掛け算の可換性に気付く必要はありません。
さらにこの図には様々な解釈を受け入れる余地が残っています。答はひとつであっても
様々な考え方をできることは算数の最も面白いところだと思います。
・ひとつずつ数えて24と答える。
・6+6+6+6を計算して24と答える。
・4+4+4+4+4+4を計算して24と答える。
・九々を使って4×6=24と答える。
・九々を使って6×4=24と答える。
・次の図のように並べ方を各行が10枚になるように変更して24と答える。
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・次の図のように並べたタイルを区切って数えて24と答える。
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・各行6枚で4行あるので6×4=24と答える。
・各行6枚で4行あるので4×6=24と答える。
・各列4枚で6列あるので4×6=24と答える。
・各列4枚で6列あるので6×4=24と答える。
これらは全部正解です。要するに長方形型に並べられたタイルの総数を正しく
数える方法であればすべて正解になります(当然!)。
以上の議論と同様に a×b という式にも様々な正しい解釈が存在し、
そのどれもが正しいことを認めなければいけません。
予想外の正しい解釈であってもすべて正しいと認めなければいけない。
もちろん説明の都合として、どれか一つの解釈から出発することは有りでしょうが、
他の正しい解釈にバツを付けてしまうのは非常にまずい教え方です。
●6. 補遺3:「1あたりの数」「いくつ分」による掛け算の解釈だけが正しいわけではない
以上では、主として、掛け算の式の順序にこだわるルールは特殊なルールに過ぎ
ず、普遍的に通用する考え方ではないことについて述べて来た。
この補遺では掛け算の可換性を認めた上で、「1あたりの数」「いくつ分」による
掛け算の解釈だけが正しいわけではないことを説明する。
「1あたりの数」「いくつ分」による掛け算の解釈はたくさんある掛け算の正しい
解釈のうちのひとつに過ぎない。だから掛け算について教えるときに
どんな場合であっても「1あたりの数」「いくつ分」という発想に押し込むことは
間違った教え方だということになります。
補遺2と本質的に同じ問題を使うことにしましょう。
となり合う辺の長さがそれぞれ4メートルと6メートルの長方形の面積
は何平方メートルになるか?
このような問題に対しても補遺2で示した解答例の一部と同様にして
「1あたりの数」「いくつ分」という考え方を適用することは可能です。
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のように辺の長さが1メートルの正方形型のシートが並べてあると考えて、
・各行6枚で4行あるので6×4=24と答える。
・各行6枚で4行あるので4×6=24と答える。
・各列4枚で6列あるので4×6=24と答える。
・各列4枚で6列あるので6×4=24と答える。
のような解答が可能です。これらの解答では「1あたりの数」「いくつ分」と
いう考え方を用いています。この解答は
・1m^2/枚×(6枚/行×4行)=1m^2/枚×24枚=24m^2
・1m^2/枚×(4枚/列×6列)=1m^2/枚×24枚=24m^2
もしくは
・(1m^2/枚×6枚/行)×4行=6m^2/行×4行=24m^2
・(1m^2/枚×4枚/列)×6列=4m^2/列×6列=24m^2
のような考え方をしていることになります。
しかし、このような考え方だけが正しいわけでもないし、
このような考え方が必ずしも直観的に自然であるとも言えません。
シートの枚数を数える方法はこれだけではありません。
長方形の面積や長方形型に正方形のシートを並べるときのシートの総数は
「1あたりの数」「いくつ分」のような考え方を導入する以前に決まっています。
シートの総数を正しく計算する方法は補遺2で示したようにたくさんあります。
そのどれもが正しい。「1あたりの数」「いくつ分」という発想を使う方法は
たくさんある正しい考え方の一部に過ぎないのです。
シートの総数は単にとなり合った二つの辺の長さを掛ければ得られると考えて
二つの数を機械的に掛け合わせて答を出しても正しいのです。
この発想による解答では「1あたりの数」「いくつ分」という発想は
使われていません。
だから、上の面積の問題に対して、
「1あたりの数」「いくつ分」のような考え方を一切使わずに、
長方形の面積はとなり合った辺の長さを単に掛ければ得られると考えて、
・4m×6m=24m^2
・6m×4m=24m^2
と答えても正解になります。
私にはむしろこちらの方が自然な考え方であるように感じられます。
面積の概念を「1あたりの数」「いくつ分」のような特殊な考え方に
押し込もうとするのは不自然な考え方です。
●7. 補遺4:仮想Q&A
◆Q1. 小学校で「さらが5まいあります。1さらにりんごが3こずつのっています。
りんごはぜんぶで何こあるでしょう。」という問題の解答欄の「しき」の項目に
うちの娘が「5×3=15」と書いたら×にされてしまいました。
その理由を先生に尋ねたところ非常に丁寧な口調で色々説明してくれて、
「式の表わす意味が違うから×をつけざるをえません」と説明してくれました。
しかしよく何を言っているのかよく理解できませんでした。
式の表わす意味が違っているとはどういうことなのでしょうか?
◇A1. おそらくその先生は次のように考えているのでしょう。
(1) 一つの皿にりんごが3個ずつ載っているので「1あたりの数」は3であり、
皿が5枚あるので「いくつ分」は5である。
(2) 掛け算は「1あたりの数」×「いくつ分」の順序に書かなければいけない。
(3) したがって「5×3」という式は「1あたりの数」が5で「いくつ分」が3
を意味することになる。しかし問題の状況では(1)で述べたように「1あたりの数」
は3で「いくつ分」は5である。したがって「5×3」には×を付けざるを得ない。
ここで「式の表わす意味」とは(2)のルールのことです。
しかし(2)は普遍的には通用しない特殊なルールに過ぎません。
◆Q2. さらに教師用の指導書の教え方に基づくとやはり「5×3」は誤りになると
その先生は言っていました。本当に教師用の指導書に「5×3」は×になると
書いてあるのでしょうか?
◇A2. はい。少なくとも東京書籍の指導書には実際にそのように解釈できる記述が
あるようです。次のブログ記事を見て下さい。
http://d.hatena.ne.jp/filinion/20101118/1290094089
具体的には以下のような記述です。[]で囲まれた部分は赤字の部分です。
|問3. 子どもが6人います。1人にあめを7こずつくばります。
|あめは何こいりますか。
| [7×6=42 答え 42こ]
という問題について、欄外に次の解説があるようです:
|問3. 問題に出てくる数の通りに式をつくることができない7の段を適用
|して解く問題
|
|・6×7と立式する子どもにはあめの図をかかせ、
| 同じ数のまとまりは6なのか7なのかしっかりつかませる。
| また、6×7では、6人が7つ分になり、答えは子どもの人数と
| なってしまうことをおさえる。
問3が「問題に出てくる数の通りに式をつくることができない~問題」
であるとは、問3には「6人」「7こずつ」の順に数が出て来ているのに
「6×7」と式を作ってはいけないということを意味しています。
「6×7では、6人が7つ分になる」ということになってしまう理由は、
掛け算は「1あたりの数」×「いくつ分」の順に書くという特殊ルールに
厳密にしたがっているからです。
その特殊ルールに厳密にしたがうと、「6×7」という式における6は
「1あたりの数」でなければいけないし、7は「いくつ分」でなければ
いけません。
しかし、その特殊ルールに厳密にしたがったとしても、
「6×7では、6人が7つ分になる」とは短絡過ぎます。
なぜならば「6人にあめを一個ずつ配ることを7回繰り返す」という解釈では
6が「1あたりの数」、7が「いくつ分」になるからです。
実際、算数教育の大家である遠山啓さんは、そのような理由を付けて、
掛け算は「1あたりの数」×「いくつ分」の順序に書くというルールを
保ったままであっても、6×7にバツを付けてはいけないと言っています。
算数の面白さは同じ問題であっても解き方が複数あることにあるので、
算数の面白さを伝えたいと考えている人はこのような主張に共感できると思います。
しかし掛け算の順序に関する特殊ルール自体を強制することが誤りであることを
遠山啓さんは無視しているように見えるので、その点も強調しておかなければ
いけません。
実際には、掛け算は「1あたりの数」×「いくつ分」の順序に書くというルールも
普遍的に通用するルールではないので、子どもに強制することには問題があります。
「先生がこうしなければいけないと言ったから、そうしなければバツにする」という
偏狭な考え方にしたがわない限り、「1あたりの数」×「いくつ分」の順序に書く
というルールにしたがわない子どもの解答にバツを付けることは正当化できません。
◆Q3. 「さらが5まいあります。1さらにりんごが3こずつのっています。
りんごはぜんぶで何こあるでしょう。」という問題について、
試しにうちの子どもに図を描かせてみました。
するとうちの子どもは皿を省略して
●●●
●●●
●●●
●●●
●●●
のような図を描いてしまいました(●がりんごを表わしている)。
そして「縦にりんごが5個でそれが横に3つ」のようなことを言いながら
「5×3」と式を立てました。
このように皿を描かずに答えるのはバツになってしまうのでしょうか?
◇A3. いいえ。求めたい数字はりんごの総数なので図中に皿を描く必要はありません。
皿は問題の本質とは無関係です。
しかも先生が子どもに強制しようとしている掛け算の式の順序に関する特殊ルール
にもしっかりしたがっています。先生はこのような解答にバツをつけてはいけない
でしょう。
ただし、教育上、単にマルになるから良いとは言えません。
もしも先生が、掛け算は「1あたりの数」×「いくつ分」の順で書くという
先生が強制したがっている特殊なルールに正しくしたがっていることを褒めて
マルを付けているならば、褒めるべきところを間違っていると思います。
褒めるべきところを間違ってマルにされてしまうと、
子どもが間違った方向に誘導されてしまうことになります。
普遍的には通用しない特殊なルールにしたがったことを褒めるよりも、
自分流の図の描き方(問題の本質に無関係な皿を省略したこと)で
正しい解答にたどりついたことを褒めるべきでしょう。
◆Q4. しかし先生に聞くと「1さらにりんごが3こずつ」という題意に
したがわずに式を立てているのでやはり誤りであると言われてしまいました。
やはりバツにされても仕方がないのでしょうか?
◇A4. いいえ。算数の面白さは同じ問題であっても複数の解き方があることです。
だから、常に正しい答が出る方法であればどんな方法を使って解答しても正解に
なります。
どうしてもある特別な方法だけを使って解答して欲しい場合には
そのような制限を付けて問題を出すべきでしょう。
◆Q5. なるほど、納得です。
上の問題の出し方では5×3でもバツにする正当な理由はなさそうですね。
掛け算の順序に関する特殊ルールにしたがったとしてもバツを付けることはできず、
そもそもその特殊ルールを子どもの強制すること自体が教育上誤りであると。
しかし、「1あたりの数」「いくつ分」などの考え方は算数教育では重要だ
という意見にも説得力を感じるのですが、いかがですか?
◇A5. はい。「1あたりの数」「いくつ分」のような概念は広く通用する重要な
考え方です。だからそのような概念をうまく教えることは重要でしょう。
しかし、 a×b という式では常に a は「1あたりの数」で b は「いくつ分」
を意味するという考え方は誤りです。a×b という式には様々な正しい解釈が
あります。 a は「1あたりの数」で b は「いくつ分」を意味するという解釈は
たくさんある正しい解釈のうちのひとつに過ぎません。
算数の面白さは同じ問題であっても複数の解き方があることです。
式の解釈についても同様です。同じ式であっても複数の正しい解釈があることが
算数をより面白くしているのです。
問題が生じてしまった理由は、「1あたりの数」「いくつ分」のような概念を
教えようとしたことではなく、子どもが掛け算の式の順序をどのように書いたかで
「1あたりの数」「いくつ分」の概念を正しく理解しているかどうかを
教師が判定しようとしたからです。
次の(1),(2)を組み合わせた教え方は明らかにまずいです。
(1) まず掛け算は「1あたりの数」×「いくつ分」の順で書くと教える。
しかし、このルールは普遍的には通用しない特殊ルールに過ぎない。
しかも a×b=b×a が成立していることは掛け算の導入の仕方によっては
自明であり、掛け算の順序を気にすることは無駄な神経の使い方を
していることになり、思考の無駄遣いになる。
(2) 掛け算の順序をどのように書いたかで「1あたりの数」「いくつ分」の
概念を理解しているかどうかを判定する。
まず、正しく理解していなくても偶然正解になってしまう可能性がかなりある。
この方法だと正しく理解度を測るためには
複数の問題を出して統計的な処理をしなければいけなくなるだろう。
掛け算の順序を「1あたりの数」×「いくつ分」の順序で書いていても、
あめを6人に1個ずつ配ることを7回繰り返す場合には6×7が正しい答えに
なってしまう。つまり教師が示したルールにしたがっていてもバツが
つけられてしまう可能性がある。
そもそも普遍的に通用していない特殊ルールに子どもはしたがう必要はない。
子どもが「1あたりの数」「いくつ分」の概念を正しく理解して使っていても、
先生が示した掛け算の順序のルールにしたがうとは限らないし、
したがわないことを非難できない。
さらに「1あたりの数」「いくつ分」のような概念を使わずに
正しく解答することも可能であり、そうしている子どももいるかもしれない。
すでに親や塾の先生などが子どもに正しい別の考え方を教えてしまっている
場合はかなり多いのではないか。教わっていなくもて子どもが自分自身で
正しい別の考え方に気付いている場合もあるだろう。
このように、掛け算の順序をどのように書いたかで「1あたりの数」「いくつ分」
の概念の理解度を測ることは無謀な試みなので、廃止されるべきやり方です。
掛け算の式の順序をどのように書いたかを見る必要がなくなれば、
掛け算を「1あたりの数」×「いくつ分」の順に書くという特殊ルールを
強制する必要はなくなります。
「1あたりの数」「いくつ分」の概念の理解度を、掛け算の順序の書き方を見て
測ろうとすることは、算数教育上重要な概念の理解度をデタラメな方法で
判定しようとしていることに他なりません。
小数や割り算などの話に繋げるときに重要なのは、掛け算の式の順序ではなく、
「1あたりの数」「いくつ分」の概念の方だったはずです。
◆Q6. なるほど「1あたりの数」「いくつ分」の概念の理解度を
掛け算の順序の書き方を見て測ろうとすることに問題があったのですね。
しかし、もしも学習指導要領に、掛け算の式の順序は
「1あたりの数」×「いくつ分」の順番になってなければ誤りである
と書いてあるならば、教師はそれにしたがわなければいけません。
この問題が生じた原因は学習指導要領にあるのではないでしょうか?
◇A6. いいえ。少なくとも現在の学習指導要領は無実です。
追記:その後無実とは言い切れないという意見になりました。
小学校2年生の算数の学習指導要領
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/syo/san.htm#2gakunen
から乗法の教育の内容に関する説明を抜き出しておきましょう。
A 数と計算より
|(3) 乗法の意味について理解し,それを用いることができるようにする。
|
| ア 乗法が用いられる場合について知ること。
| イ 乗法に関して成り立つ簡単な性質を調べ,
| それを乗法九九を構成したり計算の確かめをしたりすることに生かすこと。
| ウ 乗法九九について知り,1位数と1位数との乗法の計算が確実にできること。
| エ 簡単な場合について,2位数と1位数との乗法の計算の仕方を考えること。
D 数量関係より
|(2)乗法が用いられる場面を式に表したり,
| 式を読み取ったりすることができるようにする。
3 内容の取扱いにはさらに次のように書いてあります。
| (4)内容の「A数と計算」の(3)のイについては,
| 乗数が1ずつ増えるときの積の増え方や交換法則を取り扱うものとする。
特に上の引用文のイの項目にある「乗法に関して成り立つ簡単な性質」の中には
「交換法則」(a×b=b×a) が含まれています。
a×b の a は「1あたりの数」を b は「いくつ分」を意味するというような
特殊な式の書き方(もしくは特殊な式の解釈)を採用し、そのルールにしたがわない
場合にはバツを付けるべきであるというようなことはどこにも書かれていません。
『小学校学習指導要領解説 算数偏』 (平成20年6月、文部科学省) の
81ページにある「エ 一つの数をほかの数の積としてみること」の項目には
以下のような例があります。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/syokaisetsu/index.htm
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2009/06/16/1234931_004_2.pdf
| 例えば、「12個のおはじきを工夫して並べる」という活動を行なうと、いろい
|ろな並べ方ができる。下の図のように並べると、2×6、6×2