母の死
この秋にお父さんが死んでくれるといい、母はこの一、二年そんなことをしばしば口にするようになった。そうしたらね、あたしはこの冬、安心して死ねる。
母は死にたがっていた。親しい人たちが少しずつ消えてゆくのを、羨ましそうに見つめていた。どうしたら死ねるのか、あの人たちに聞いてみたかった、と葬式から帰ってくるたびに、しみじみと言うのだった。
長生き病の父
長生き病に罹った人にとって、死は、ライオンのように向こうから疾走してきて、がぶりと呑み込んでしまう猛獣ではない。死は、ひそかに人の体内に入り込み、長い歳月を費やして、その人間とすっぽり入れ替わる算段なのだ。
どんなにか父は、それを追い払おうとしてきたことか。。。
長生き病はなおるのか、なおるとどうなるのか。これは病というより、死への変身への葛藤なのだ。
明日のことは、わからない
by 野見山暁治
ユリイカ
2012年8月臨時増刊号
野見山暁治 絵とことば
きょうも描いて、あしたも描いて、90年
(sk)
死にたい母と、長生き病の父
。。。