ドイツの兵役に関する通訳をしていたときです。頭のなかで「徴兵」と「兵役」が錯綜する私の口からでた言葉は「チョウエキ」すなわち「懲役」でした。でも、私自身は間違いに気づくどころか、実は「徴兵+兵役=懲役」と思い込んでいたのです。
私の苦手とする単語に Gefängnis があります。初めて通訳したときは「牢屋」と訳しました。即座に同僚達が「牢屋というのは水戸黄門とか大岡越前にでてくるもので、今は刑務所」と教えてくれました。ところが数ヶ月か数年経ってからまた Gefängnis がでてきたとき、「牢屋ではいけない」ということは覚えていても、それではなんというのか思い出せません。苦し紛れに口にしたのが「監獄」。ふたたび同僚達によるケリが入りました。
私の通訳失敗談
by 関川富士子
http://www.sekikawa.de/pdf-files/fehler_j.pdf
・ 単語の思い違いの例
・ 単語を思い出せない例
・ 訳が良くなかった例
・ 片仮名(外来語)関連の失敗例
・ ヒアリングがダメだった例
・ 発音の弱点
(sk)
一流の通訳だけが言うことのできる失敗談。通訳がいかに難しい職業かを、よく伝えている。文章から察するに、関川富士子という人の通訳はわかりやすいものに違いなく、誰からも好かれるのだろう。
意味や状況を理解して意訳をすれば、やれ配慮に欠けるだの誤訳だのと批判され、きちっと直訳すれば、字面だけを追った凡庸な訳だと言われてしまう。その他にも、文化を理解していないとか、大事なところがが欠落していたとか、いろいろ言われてしまう。
通訳では、聞き違い、思い違い、記憶違いなど、さまざまなことが起こるので、そもそも失敗しないなどということはありえない。適切さに欠けるなどということは普通に話していたって起きることだし、たとえ適切であっても聞き手が不適切だと思えばそれまでのことだ。
外国人が犯罪を犯した場合、通訳のせいで、取調べや裁判で不利な立場に立たされることが多い。正確でない通訳は、時に大きな不利益をもたらす。
そもそも正確な通訳などということがありうるのだろうか。ふたつの言語のあいだには1対1の対応がとれないものがたくさんある。ひとつの言語を他の言語に置き換えるなど、所詮、無理なことなのだ。
このような失敗談を書くということは、自信のあるひとにしかできない余裕の表れだと思う。すごい人がいるものだ。
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