三井美奈

カミュの父は当時、アルジェリア宗主国だったフランスからの入植労働者で、第1次大戦で戦死。少年カミュは母と共にアルジェの下町ベルクール地区で暮らした。清掃員の母は耳が不自由で、生活は貧しかった。
「カミュは礼儀正しく、アラブ人住民にも『ボンジュール』とあいさつしていたそうです。75歳の兄に聞きました」。通り沿いの洋装店主ムハンマド・マンスールさん(49)はこう話す。カミュの小説は読んだことがないという。「彼は我々を抑圧したフランス人ですよ」。嫌悪感を隠さない。
共産党員だったカミュはアラブ人の生活向上に尽くしたが、「植民者」の視線は変わらなかった。アルジェが舞台の代表作「異邦人」で、主人公ムルソーが殺害するアラブ人は名前も家族も出てこない。のっぺらぼうの存在だ。
アルジェリア独立戦争(1954~62年)では、あいまいな立場をとった。同時代の仏知識人ジャンポール・サルトルは「革命の暴力」を拒絶するカミュを批判した。
通りには、カミュを慕うアルジェ人もいた。歯科医ムラド・トゥンシさん(64)は「生きるとは何かを考えた20歳の頃、『異邦人』や『ペスト』を懸命に読みました」と話す。トゥンシさんは少年時代、植民者に犬をけしかけられ、「アラブ人、あっちへ行け」とどなられた。独立戦争時は過激派フランス人の攻撃に追われ、家族と郊外に避難した。植民支配への怒りは残る。
それでも、「カミュは我が故郷の作家です」と言い切る。アルジェリアは古代ローマ、オスマン帝国、スペイン、フランスと様々な国や民族が支配してきた。「様々な文明をのみ込んだアルジェリアの歴史が生んだ作家。誇りに思いたいのです」

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