筆洗

メッシは、走らない。サッカーのワールドカップで、アルゼンチンを決勝進出に導いたエースがきのうまでの六試合で走った距離は、計五一・九キロだそうだ。
今大会でこれまでに一番走ったオランダのスナイダーは六九・六キロ。ドイツのノイアーがゴールキーパーながら三一・五キロも走ったのに比べれば、いかにも見劣りする。特に守りの時、その走りは極端に落ちる。「めっし」とパソコンで打てば、まず「滅私」と変換されるが、滅私奉公には程遠い働きではないか。
ここ一番では驚異的な働きをする天才には失礼ながら、そのプレーぶりをテレビ観戦しつつ思い出したのは、進化生物学を研究する長谷川英祐さんの著書『働かないアリに意義がある』だ。
みなが目を三角にして働いていそうなアリの社会でも、やたらと腰が重いアリが相当数いる。二割のアリはほとんど働かぬという。全員が一斉かつ懸命に働く方が効率的に思えるが、そうではないらしい。
いざ不測の危機に襲われた時や、運びきれぬほどの食料が見つかるような好機が到来した時こそ、腰の重さゆえに体力を温存したアリの出番となる。非効率に見える「働かぬアリ」がいる巣の方が長く残るというから、虫の世界は奥深い。

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