遠藤周作

病気のあいだは照れくさいことながらやはりカミサマのことばかり考えつづけていた。・・・・・・ だが一番イヤだったのはある夜、私は神は本当は存在していないのではないかという不安に捉われた時だった。二千年のあいだ、神がいるものと信じてそのために生きてきた人間が無数にいる。・・・・・・ しかしもし神などは人間がつくりだした架空の幻影だったとするならば、それらの人間はなんとコッケイな喜劇の主人公であったことだろう。・・・・・・ いよいよ最後の手術の時、私は車のついた寝台にのせられて一度目や二度目の時と同じように手術室にはこばれていったが、前の時とはちがって見送ってきた妻とも別れ、手術場の厚い扉がしまった時、これがこの世の見おさめだなという気がおそってきた。その瞬間、私は始めてと言っていいほど口惜しい思いで自分の小説のことを思いだした。ああ、書きたいなあと思ったのである。
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私は、この小説を書いたために、いままで私に寛大だった多くの神父たちを悲しませ、多くの信者の怒りを買ってしまった。とくに留学以来親友だった一人の神父を傷つけ、絶交せねばならなくなったことはまことにつらいが、しかたがない。

2 thoughts on “遠藤周作

  1. shinichi Post author

    遠藤周作『沈黙』に託されたもの

    「沈黙」のオーケストラ

    by 栗原浪絵

    http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/48876/1/CLC_15_002.pdf

    遠藤周作は、自分の死後、『沈黙』と『深い河』を棺に入れて欲しいと頼んだと言う。『沈黙』は作家自身が認める代表作であると同時に、当初、カトリシズムの世界を中心に凄まじい非難を受ける問題作でもあった。

    遠藤周作の世界

    by 小久保実

    遠藤は『沈黙』により、谷崎文学賞を受賞したが、その時の受賞の言葉で「私は、この小説を書いたために、いままで私に寛大だった多くの神父たちを悲しませ、多くの信者の怒りを買ってしまった。とくに留学以来親友だった一人の神父を傷つけ、絶交せねばならなくなったことはまことにつらいが、しかたがない」と語っている。

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