短絡的に言ふなれば、原子力発電所で多量の放射線を浴び、ガンに冒され、闘病の末、死亡したことになる。私の思いを率直に云へば、平和利用の原子力の『絶対安全』を信じ、その『安全』に裏切られたことになる。これは私にとって衝撃の出来事であった。
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原子力発電所は、その後ますます増設され、次々と日本列島を汚染の渦に巻き込んでゐると私は思ってゐる。そのことは、かつて戦争の足音が国民の上に暗く覆いかぶさった過去の思ひに繋がるのだが、一般にはその原発の持つ恐怖が意外に知られてゐない。あたかも戦争への道が、何も知らされないうちに出来上がっていったやうに―
原発死 増補改訂版
一人息子を奪われた父親の手記
by 松本直治
http://www.usio.co.jp/html/books/shosai.php?book_cd=3613
【緊急復刊】
『黒い雨』の作家・井伏鱒二から著者への書簡50通を新発見! 全文収録!
「放射能」と書いて「無常の風」とルビを振りたいものだ
――序文より
37年前に原発で起きていた悲劇!
原発で働いていた息子が31歳の若さでガン死。
被曝による発ガンを疑い、真相を追及する父と、決して因果関係を認めようとしない電力会社との息づまる攻防――
今日の事態を予見していたジャーナリストの無念と慟哭の記。
戦友・井伏鱒二の後押しで昭和54年に発刊された名著復刊!
<序文>無常の風―井伏鱒二
第一章 さようならパパ
発端/ある町議の自殺/因果関係の立証
第二章 ガンの宣告
疑惑/結婚/放射線被曝
第三章 原子力発電所の実態
原発本社を訪ねて/放射性廃棄物の処理/原発拒否反応
第四章 雪が見たい
父と息子の対話/悲しき死/納骨の旅/嫁とのひととき
第五章 怒りを込めて
侵された若狭湾/北陸電力との問答/ムラサキツユクサ
あとがき
(sk)
松本直治という著者は良い書き手で、息子さんを失った悲しみと、原子力発電に対する怒りとが、よく伝わってくる。
ただ、そのあまりにも日本的な考え方が、その思考回路が、「裏切られた」、「騙された」という言葉になって現れるのを見ると、なにかやりきれない気持ちになる。
「信じていたのに裏切られた」という、まるで演歌のような物言いは、著者の持つ日本人のDNAが大きく作用している。
原子力発電所が増設されていくことも、戦争に突入していくのも、すべて他人事。自分たちの責任だと考えるイマジネーションは皆無だ。
知られていないとか、知らされていないとかいわず、知ろうとし、知ることで、ひとりひとりがもっと責任を持つようにならなければ、日本の社会はいつまでも中世のまま。希望は限りなくゼロに近い。