石原順

米国は過去のQE終了時に景気見通しの悪化や株式市場の下落を経験している。7月30日にグリーンスパン元FRB議長は、「この数年間勢いよく上昇した株式相場がいずれ下落に見舞われるだろう」と述べたが、米金融当局は金融市場の不安定な現状に懸念ももっていたはずだ。ところが、10月31日の日銀金融決定会合を受けて、先進国・新興国を問わず株式市場は軒並み上昇し息を吹き返した。これで、しばらくバブルは延命し、各国の金融当局も時間稼ぎができるだろう。
IshiharaJun2これはどこかでみた光景だ。福井日銀は2001年~2006年に世界で初めて量的緩和を実施した。さらに、円高で追い詰められた当時の日本は、塩川=溝口コンビで2003年初めから2004年にかけて35兆円規模の円売りドル買い介入が行なったが、この資金は全部米国債に化けた。この介入マネーがリーマンショックまでの世界的なバブルを引き起こしたのは記憶に新しい。


国民が貧乏(実質資産が目減り)になる一方で、政府は債務を実質的に圧縮していくのである。金利が物価上昇率より低いマイナス金利の状況になると、個人は預貯金で運用していても、実質の資産は目減りしていく。そうであれば、円以外の資産を持つというヘッジは必須の状況と言えよう。

One thought on “石原順

  1. shinichi Post author

    日経平均(月足) 福井バブルと黒田バブル

    塩川=溝口コンビで2003年初めから2004年にかけて35兆円規模の円売りドル買い介入が行なわれたが、この資金は全部米国債に化けて、日本は海外勢の米国債保有総額の4割を占める猛烈な米国債買いを行なった実績がある。

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    外為市場アウトルック 第372回 消費増税10%に向けて財務省が背水の陣

    by 石原順

    https://www.rakuten-sec.co.jp/web/market/opinion/fx/ishihara/0372.html

    消費増税10%に向けて財務省が背水の陣

    10月31日の日銀による追加金融緩和で相場の景色が変わってしまった。日銀金融政策決定会合の時間は4時間40分と黒田日銀になってから最長となったが、追加緩和は賛成5、反対4という僅差で可決された。今回の追加緩和に賛成の5人は日銀3名と学者2名(黒田、岩田、中曽、宮尾、白井)で、反対者はモルスタ・野村・東電・住銀の実業界出身者である。証券会社出身者でも反対している追加緩和を日銀(財務省)が押し切ったという構図である。

    今の相場の流れは、「MITコンセンサス」(長期停滞とバブル必要論)と「金融抑圧」の2つですべて説明できる。逆にこれを理解しないと、黒田日銀の政策もイエレンやドラギの政策も理解できない。

    2014年10月8日、日銀の黒田総裁は『日本経済:慎重論に答える』と題したエコノミック・クラブNYにおける講演で、「消費税率引き上げに伴う駆け込み需要と反動の振れを取り除くために、1-3月と4-6月を合わせてその前の半年間、すなわち昨年7-12月と比較すると年率+1.0%の成長となります。決して高い成長率ではありませんが、0.5%前後と推計される潜在成長率を上回っています」と発言し、日本の潜在成長率が0.5%しかないとの認識を示した。

    これはローレンス・サマーズの指摘する「長期停滞」のプロセスに日本経済がはまり込んでいるということである。黒田日銀総裁の見通しと同じく、IMF(国際通貨基金)が10月7日に発表した世界経済見通しの報告書で、日本の2014年の成長率は0.9%と7月に予想していた1.6%から0.7ポイントの大幅な下方修正がされている。

    IMFの日本の成長率の大幅な下方修正を受けて、10%の消費増税を決定したい黒田日銀総裁は「まずい」と思ったのだろう。雨宮理事を中心に追加緩和に向けた検討が本格化したという。筆者は2015年1月21日の日銀金融政策決定会合で追加緩和策が出てくるとみていたが、1月にあると想定していた内容が10月31日に前倒しで出てきて驚いた。前倒しになった理由は100%消費増税対策だろう。

    政界の一部では「安倍首相が消費増税の是非を問い、12月に解散総選挙に踏み切る」という噂も流れている。消費増税10%を決定すれば景気の悪化は避けられず、安倍政権の支持率は低下するだろう。一方で消費増税を延期すれば、野党がアベノミクスは失敗と騒ぎ立て、いずれ解散に追い込まれる可能性がある。

    安倍首相としては、来年6月の集団的自衛権の法案を通すのに高い支持率が必要だ。支持率を上げる選択肢として何がいいのかを考えているだろう。一方、財務省としては消費増税の延期は困るので、日銀とGPIFを使って安倍首相にプレッシャーをかけたと思われる。

    前回の金融緩和は「2」がキーワードだったが、今回は「3」がキーワード となっている。

    長期国債は50~60兆から70~80兆に+30兆

    ETFは年間1兆円から3兆円に3倍

    リートは年間300億円から900億円に3倍

    あからさまに市場受けを狙った中央銀行の姿勢に批判の声も出ているが、これで日銀は新発国債80兆円の100%を買うことになる。そこまでしても消費増税をやりたいということだろう。塩崎厚労大臣がGPIFのニュースが出るたびに「私は聞いていない」というように、今回のGPIFと日銀追加緩和は財務省が主導したとの観測が多い。GPIFの三谷理事長も元日銀理事だが、「円安になっても日本株が上がらない」という事態を避けるために、阿吽の呼吸で日銀のETF買いとGPIFの株買いもセットになっている。

    GPIFのポートフォリオの変更は、

    国内債券 60% → 35%
    国内株式 12% → 25%
    海外債券 11% → 15%
    海外株式 12% → 25%

    となっており、海外投資を23%から40%へ引き上げことに海外投資家も驚いている。130兆円の1%は1.3兆円なので、17%も引き上げられたら単純計算で22.1兆円規模の円売りが出る計算となる。ただし、問題は買う期間(スピード)で、長期化すればインパクトはない。運用資産が年5兆円のペースで減れば、株式の構成比率は自動的に高まっていくし、保有株式が上がれば、株式の比率は自動的に高まるからだ。

    ハロウィーン・サプライズとバブルの延命

    一方、日本やドイツに追加緩和や財政出動を要請していた米国としては、QE3終了のタイミングで日銀が追加緩和に出てきたのは渡りに船だ。今回の追加緩和は財務官の力の源泉である税収の確保、すなわち、消費増税にむけての対策だったのかも知れないが、米国としては理由が何であれ、米国経済にとってもメリットがあると喜んでいるだろう。陰謀論はともかく、結果的に米国のQEを日本が引き継いだ格好となっている。

    米国は過去のQE終了時に景気見通しの悪化や株式市場の下落を経験している。7月30日にグリーンスパン元FRB議長は、「この数年間勢いよく上昇した株式相場がいずれ下落に見舞われるだろう」と述べたが、米金融当局は金融市場の不安定な現状に懸念ももっていたはずだ。ところが、10月31日の日銀金融決定会合を受けて、先進国・新興国を問わず株式市場は軒並み上昇し息を吹き返した。これで、しばらくバブルは延命し、各国の金融当局も時間稼ぎができるだろう。

    これはどこかでみた光景だ。福井日銀は2001年~2006年に世界で初めて量的緩和を実施した。さらに、円高で追い詰められた当時の日本は、塩川=溝口コンビで2003年初めから2004年にかけて35兆円規模の円売りドル買い介入が行なったが、この資金は全部米国債に化けて、日本は海外勢の米国債保有総額の4割を占める猛烈な米国債買いを行なった。この介入マネーがリーマンショックまでの世界的なバブルを引き起こしたのは記憶に新しい。

    今回の日銀の追加緩和に対して英フィナンシャルタイムズ紙は、「インフレ復帰は安倍首相が掲げる経済再生戦略アベノミクスの3本の矢のたった1本にすぎない。だが、仮に黒田総裁が放った第1の矢が目標を達成できなかったら、残りのアベノミクスは苦戦を強いられよう。社会の高齢化が進み、貯蓄家が支出し始める局面で、名目の経済成長なしに日本政府が今のような多額の債務に対処できる見込みは小さい。市場は、日銀の意表を突いた追加緩和の発表に驚いているかもしれないが、驚いていてはいけない。過去数十年にわたり市場で蓄積してきた抑制的な心理は、数カ月間で決して消えようとはしなかった。仮にインフレ期待が変わらず低いままであれば、黒田総裁の任務は単純だ。さらなる追加緩和に踏み出さなければならない」(11月4日 英フィナンシャルタイムズ紙社説抜粋)と絶賛している。

    10月末に来日したノーベル経済学賞学者ポール・グルーグマンも講演で「日銀はデフレを阻止しようとせず、1997年に政府が消費税を上げたのは重大な過ちだった。その批判は間違っていなかったが、現在同じことが欧米諸国でも展開されている」とし、「アベノミクスは革新的で、政策のイノベーションとして成功例だ。日銀はインフレ目標を2%としているが、もっと高い方がよい」と提言している。

    意図的にインフレを起こし、債務の価値を減らす

    一方で、QEがバブルの拡大と貧富の格差の拡大をもたらすだけで、雇用の改善や賃金の上昇につながらないし、景気回復の役にも立たないとの批判も多い。11月1日のゼロヘッジには「日本のQEは末期患者に投与するモルヒネだ(Japan: QE As Morphine For A Terminal Patient)」という記事も出ている。

    日銀の政策をあげつらおうと思えばいくらでも批判は出来るだろう。しかし、日本の膨大な借金はインフレでしかカタがつかないし、高コスト体質の是正は円安で調整するしかないだろう。インフレになればモノの値段が上がるが、借金の額は変わらないので相対的に借金が小さくなる。またインフレになると名目GDPが膨らむ。インフレを調整した実質GDPは増えなくても、税収は名目GDPに比例するので税収も増える。

    一方で、円高を放置すれば、いつまでたっても、国際比較をすれば日本人の給料や日本の不動産は高いままである。だから、海外から日本への投資が一向に増えないばかりか、日本人の方が日本から出ていく空洞化が進んでいる。

    40年にも及ぶ円高で、国内では貧困ライン上の給料でも国際的にはまだ高いという、極めていびつな構造になってしまっている。こうした日本の高コスト体質を是正するには、円安にしてドルベースでコストを下げるしかないだろう。

    ハーバード大学教授のケネス・ロゴフは「巨額のレバレッジ(債務)を解消しなければいけないバブル収縮期に必要なことは、“意図的にインフレを起こし、債務の価値を減らす“ことだ。6%程度のインフレが2~3年続くのが望ましい」としているが、日銀の政策は金融抑圧政策なのである。ブリッジウォーター・アソシエイツ(世界最大のヘッジファンド)のレイ・ダリオが言うように、「日本で実施されている金融政策は、<インフレ率プラス経済成長率>の数値を金利の水準よりも上回るようにするために、紙幣を印刷している」のであれば、大局的な円安は動かないだろう。

    かつての日本は第二次世界大戦で負けたあと、ハイパーインフレで借金をチャラにした歴史がある。11月2日のフィナンシャルタイムズのブログには、「日銀が日本国債の半分を保有するようになる2018年の前後までに、日本のインフレ率が5%以上になって歯止めがかからなくなる可能性がある」との観測記事が出ている。

    ダラス連銀のフィッシャー総裁は、FRBの出口戦略を「いつでもチェックアウトできるが、決して立ち去ることはできない」と、イーグルスのヒット曲「ホテル・カリフォルニア」の歌詞に例えた。しかし、ホテル・クロダはチェックアウトもできないだろう。借金というのは誰かが返さないといけないが、それが膨大であれば解決策はインフレしかない。借金を実質的に負担するのは国民である。

    「歴史は繰り返す」のかどうかは、筆者にはわからない。しかし、政府の借金圧縮(いわゆる財政健全化)のための「金融抑圧」は目に見えない政策なので、実際は大変な不利益を被っている国民に十分理解されない。日本や米国などの先進国では「金融抑圧」によって国民の富が政府に移転していく。

    国民が貧乏(実質資産が目減り)になる一方で、政府は債務を実質的に圧縮していくのである。金利が物価上昇率より低いマイナス金利の状況になると、個人は預貯金で運用していても、実質の資産は目減りしていく。そうであれば、円以外の資産を持つというヘッジは必須の状況と言えよう。

    筆者は今年も10月末買いを敢行した。10月末買いの値段が確定したので、今後はこの値段を基準にポジション調整(入れ替え)を模索していく予定である。

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