開発援助を考え直す

開発のための財政援助は本当にいいことなのだろうか?その疑問についてずっと考えてきた。

ピーター・トマス・バウアーは、開発援助とは「豊かな国の貧しい人びとから、貧しい国の豊かな人びとへ、富を移すための素晴らしい方法だ(an excellent method for transferring money from poor people in rich countries to rich people in poor countries)」と言った。

国内のホームレスや食べるものもなく死んでいく人たちにまわるはずのお金が、開発途上国の権力者や特権階級に行ってしまうのでは、釈然としない。それが開発援助なら、すぐに止めてほしい。

ジェフリー・サックスは「豊かな国々が国民所得の0.7%を途上国への援助に振り向ければ世界中の極度の貧困を終わらせることができる」と繰り返し言う。たった0.7%をまわすだけで世界が良くなるというのだ。日本にも、10年前に約束したとおり、0.7%(今の4倍の3兆円)を毎年出せと言う。三兆円あったら、外国のかわいそうな人たちを助けるより、まずは日本のなかの弱い立場にいる人たちを助けたい。そう思うのは私だけなのだろうか。

西ヨーロッパの人たちには自分たちが植民地でやってきたことに対する後ろめたさがあり、アメリカ人は奴隷売買のことを忘れららない。だから、援助をする。
それよりもなによりも、西ヨーロッパの人たちには、自分たちの植民地だったところの利権を手放したくないという事情があり、アメリカ人には新しいマーケットを開発するという戦略がある。援助は必要なのだ。
でも、日本が、アフリカまで行って、なにかしてあげるって、本当に必要なのだろうか。

外務省や援助団体、それにNGOやNPOの人たちは、援助が必要だって言うだろうけれど、援助してもらう側のコラプションはマネージできないようだし、「ムバラクのポケットマネーは日本の援助から」みたいなのは、もうやめてもいいと思う。

(右下の写真のような)道端に放り出された人たち、川沿いのテントで暮らす人たち、仕事が見つからない人たち、食べるものもなく死んでいく人たち、そんな日本という国のなかの人たちに目を向けるのが正常なのであって、(左下の写真のような)ユニセフや国境なき医師団のポスターのなかの子供を助けようというのは、なにかが違う気がする。

シメオン・ジャンコフ、ホセ・モンタルボ、マルタ・レイナル-ケロル(Simeon Djankov, Jose G. Montalvo, Marta Reynal-Querol)の3人の研究によれば、外国からの援助は、援助を受ける国の民主主義に悪影響を与えてしまう。実際、援助を受けすぎている国ではデモクラシー・インデックスが低下している。開発途上国にとって援助は石油以上に不幸の種なのだ。

アフリカから来た友人達に「今アフリカで一番大きな問題はなにか?」と聞くと、誰もがコラプションと答える。ジェームス・シクワティは、もし先進国が本当にアフリカを助けたいのなら今すぐ援助を停止するべきだと言った。受ける援助額が大きいほど状況は悪くなる。何十億ドルものお金をアフリカに注ぎ込んでも、その全部がコラプションで消え、ほとんどのアフリカ人は貧しいままでいる。

援助に携わる善意の人たちというのもやっかいだ。援助がなくなれば仕事を失うだろう人たちが、あの手この手でお金を集める。そのあたりの感じを高野秀行が上手に描写している。
「 でも、そんな笑顔の写真を出したら誰も援助してくれないし、新聞や雑誌、テレビとしても、インパクトに欠ける。だから、苦労して、不自然な写真や映像を流しているのだろう」
「もちろん、私だって、難民の人たちに食料が行き渡ってほしいから、『だから援助するな』とは言わない。しかし、情報操作あるいは捏造があまりにもひどいのではないか」

ジョン・ストッセルが言っているように)多くの人たちが、援助が貧困をなくすと信じている。
U2のボノは、コンサートで演奏を中断し、我々は最貧国の貧困を停めることができるのだと訴える。我々にはお金がある、貧困を終わらせるノウハウもある、そんなことを言う。でも、援助のためのコンサートを何回やったって、貧困は終わらない。
アンジェリーナ・ジョリーは、UNHCRの親善大使として世界中を飛び回り、貧困絶滅を訴える。ジェフリー・サックスがアフリカに作った「模範的な村」を訪れ、先進国の政府にもっと援助額を増やすよう訴える。でも、援助額を増やしても、政治家たちだけが豊かになり、貧しい人たちは貧しいままでいる。

援助は、先進国の賢い政治家たちにとって、大事な道具なのだ。そして、受益者は、貧困にあえぐ人たちではなく、開発途上国の政治家たちなのだ。

One thought on “開発援助を考え直す

  1. shinichi Post author

    開発 (development) のことを書くのは難しい。実際今まで、なかなかうまく書けないできてしまった。開発という言葉から、不動産開発や技術開発などを連想することはあっても、僕が書きたい開発途上国や開発援助のことを思い浮かべる人はあまりいない。

    “United Nations Development Programme (UNDP)” のことを、日本語で国連開発計画という。Developmentが開発で、Programmeが計画ということなのだろう。”Sustainable development”は持続可能な開発と訳される。日本語は本当に厄介だ。

    開発のための財政援助は、”development aid”、”development cooperation”、”development assistance”、”technical assistance”、”international aid”、”overseas aid”、”official development assistance (ODA)”、もしくはただ単に”foreign aid”などと呼ばれ、先進国の人びとは、ほぼ全員、援助がいい事だと思っている。国際機関のなかにも、援助がいい事だと思っている人が多い。

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