神道の心を伝える

あの山は動くか? 風林火山にあるように『動かざること山の如し』 。しかし、それはひとりの人間が生きている間の話です。山は長い時間をかけて動きます。 だから、人は自分が生きている間になんとかしようと焦るのです。
作物を貪る虫は悪そのものです。しかし、植物が交配を進めるには虫は善なる存在です。人にとって悪でも、自然界にとっては善なる存在なのです。つまり、悪は人によって作られ、自然界では人の悪も善に変わるのです。このことから分かるように、人は矛盾を抱えながら生きています。
自然界に意思はないと思っているのは人間です。それもまた、人間の身勝手かもしれません。

1 thought on “神道の心を伝える

  1. shinichi Post author

    人も自然の一部に過ぎない

    by 神道の心を伝える

    http://nihonspirit.com/archives/296

    あの山は動くか?風林火山にあるように『動かざること山の如し』 しかし、それはひとりの人間が生きている間の話です。山は長い時間をかけて動きます。 だから、人は自分が生きている間になんとかしようと焦るのです。… また、作物を貪る虫は悪そのものです。 しかし、植物が交配を進めるには虫は善なる存在です。 人にとって悪でも、自然界にとっては善なる存在なのです。 つまり、悪は人によって作られ、自然界では人の悪も善に変わるのです。 このことから分かるように、人は矛盾を抱えながら生きています。 但し、そこには【大いなる力】が存在します。 近年、中国に台風が行くようになりました。 それはなぜでしょう? それは自然の理に逆らい大気を汚染しているからです。 地球にとってはそれは癌の腫瘍のようなものです。 取り除かなければなりません。 だから、台風によって腫瘍を取り除いているのです。 それでも、言うことを聞かなければ、さらなる災いをもたらし、地震や洪水といったもので根源を絶とうとするかもしれません。 自然界に意思はないと思っているのは人間です。 それもまた、人間の身勝手かもしれません。 苦楽は表裏一体だと言います。 苦があればその先に楽があり、楽すればその先に苦がある。 自分の悪を認めず、善を主張し続ければ苦はいつまでも続き、悩み続けなければなりません。 人は何もないのに指摘したりはしません。 何かあるから指摘します。 この指摘する感情にならない人はいないはずです。 その何かが変わらなければ、人はずっとその感情にとらわれます。 それと同じように、自分が当事者であれば、非を認め改めなければ自然界はさらなる試練を与えるのです。 神道では天の恵みによって私達は与えられていると考えていました。 だから、災害に見舞われた時だけではなく、いかなる時も初詣や参拝に行くのです。 また、これは義務でも責任でもありません。 なぜか、気づけばそこに立っているのです。 日本には様々な祭日がありますが、名の如く祭事する日です。 そのほとんどが神道の祭事に関係します。 この様に私達は理解できない【大いなる力】の存在によって善がもたらされ、その善に感謝する姿が、善なる善を引き寄せることに繋がるのかもしれません。

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