1 thought on “篪庵

  1. shinichi Post author

    篪庵(ちいおり)

    produced by Alex Kerr

    http://www.chiiori.org/

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    アレックスが初めて祖谷に入ったのは1971年の夏です。その時すでに多くの家屋は放置されていました。1972年秋、アレックスは祖谷の集落、近隣の高知県の山、剣山の東側を散策しはじめました。数百軒の民家を訪れた後、彼は釣井集落にある一件の空家を見つけ、1973年6月に購入しました。そのときすでに空き家になって17年。元々、喜多という家族(現在は篪庵のすぐ下方に住む)の家でしたが、空き家になるまでに、何度か他の家族が住んだ時期もありました。

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    アレックスが越してくると、近所の人たちはすぐに様子を見に来てくれました。ある朝起きると、誰かが持ってきてくれたキュウリが縁側にあったとか。すぐ隣の尾茂さんは、祖谷の古い習慣を教えてくれました。今も私たちを支えてくれる素晴らしい友人です。

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    初めの頃からよく訪れていた詩人の南 相吉とアレックス、村の子供たち(当時はたくさんの子供たちがいました)は、ある晩集まって家の名前を考えました。
    そして辞書をみて、小さな竹の横笛を意味する古い漢字「篪」を見つけ、草葺き屋根の家を意味する「庵」を繋げました。「笛の家」、篪庵の誕生です。
    相吉が 古い曲に歌詞を付けて「篪庵の歌」をつくると、当時の村の子供たちはよくその歌をうたいました。
    1988年の屋根の総葺き替え、現在理事長を務める「篪庵トラスト」の設立など、アレックスは篪庵という家と共に活動を続けてきました。

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