平井ミサヨ

大成される方はみなさん、普段から周囲への配慮が素晴らしいものだと感じてきました。いちばん声をかけてくれたのは永井雄一郎選手。いつも『ありがとう』と丁寧に言ってくださったのを思い出します。小野伸二選手も、若いころからとてもやさしかった。今は福岡の監督になられた井原正巳さんも、必ず向こうからあいさつをしてくださいました。
(長谷部はいつも、ロッカールームで読書をしていた。一見すると、手にした本に集中しきっていて、平井さんが掃除に来たのも気づいていないようだった。だが、そっと近づくと、足を床からスッと上げる。そして「ありがとうございます」と笑顔で一礼した。)

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  1. shinichi Post author

    レッズのカリスマ主婦、平井さんに退職の花道を

    日刊スポーツ

    http://www.nikkansports.com/soccer/news/1686512.html

     29日の全体練習開始直前、浦和の選手たちはおもむろにピッチの一角に集まった。

     スタッフによって、その輪の中にいざなわれたのは、クラブハウスの清掃スタッフで、施設運営・管理会社アイルコーポレーション所属の平井ミサヨさん。

     16年間の勤務を終え、今月いっぱいで退職することが決まっている。

     選手を代表して、選手会長のMF宇賀神が花束を渡す。そして選手、スタッフのメッセージが書き込まれた特注のユニホームが、ペトロビッチ監督から手渡された。

     裾の部分には「2000・10・17」と日付が入っていた。平井さんが清掃スタッフとして、浦和で勤務を始めた日だった。

     ◇   ◇

     00年秋。当時の浦和のクラブハウスは、新しい清掃スタッフが来ては辞め、来ては辞めの繰り返しだった。急きょかけられた募集で採用された平井さんには、仕事の引き継ぎをしてくれる先輩もいなかった。

     しかも数人で分担する現在と違い、採用された清掃スタッフは平井さん1人だけ。普通の主婦にとって、まったく縁がなかったプロスポーツの世界。いったい何をすればいいのか-。

     そんな戸惑いもあったが、すぐに割り切った。スポーツ界の経験はなくとも、自分には長い主婦歴がある。「家事のようにやろう」。そう心に決めた。

     選手が練習し、1日中クラブハウスに詰めている日は、掃除の手が回りきらないこともある。だから練習がオフの日に、クラブハウスに出向いた。

     普段は手が届かない細部まで、丁寧に磨き上げた。チームの練習がオフなら、平井さんもオフ。だがそもそも「家事」にオフなどないから、まったく気にならなかった。

     もうひとつ、こだわった点がある。「見たことは誰にも言わない」。家政婦は見た、ではないが、いつもクラブハウスで仕事をしている平井さんは、表には出ないチームの裏側を見ることもあった。

     しかし、自分がそこにいるのはヤジ馬としてではなく、プロのスタッフとしてだ。平井さんは、見たことを言わないばかりか、クラブハウスで働いていることすら、他人には話さずに16年間過ごしてきた。

     ◇   ◇

     退職を前にしても、このポリシーは変わらない。ただ「いい思い出を」というたっての願いに、少しだけ思い出話をしてくれた。

     「大成される方はみなさん、普段から周囲への配慮が素晴らしいものだと感じてきました。いちばん声をかけてくれたのは永井雄一郎選手。いつも『ありがとう』と丁寧に言ってくださったのを思い出します。小野伸二選手も、若いころからとてもやさしかった。今は福岡の監督になられた井原正巳さんも、必ず向こうからあいさつをしてくださいました」

     後に日本代表の主将になり、ドイツで長く活躍するフランクフルトMF長谷部のことも、強く印象に残っているという。

     長谷部はいつも、ロッカールームで読書をしていた。一見すると、手にした本に集中しきっていて、平井さんが掃除に来たのも気づいていないようだった。だが、そっと近づくと、足を床からスッと上げる。そして「ありがとうございます」と笑顔で一礼した。

     06年、リーグ年間優勝を果たした当時のブッフバルト監督のことも忘れられない。内々での優勝祝賀会には、平井さんも誘われたが、当日に娘が第2子を出産。上の男の子の面倒を見るため、出席を断念した。

     しかし、ブッフバルト監督はスタッフを通して「お孫さんも一緒なら、会に参加できるでしょう」と平井さんに提案してきた。2歳1カ月の男の子は、大柄なドイツ人指揮官に抱かれて、記念撮影をした。その子は今、サッカーに夢中になっているという。

     ◇   ◇

     「あの時に見た優勝パレードを、もう一度見たいんです」。チームを離れるにあたり、平井さんはそう願った。

     当時はチームで働いていることを伏せるだけでなく、チームへの思い入れすら周囲には見せなかった。

     だから、家族と見に行った優勝パレードも、努めて淡々と見守った。内心では喜びが爆発していたが、懸命に気持ちを抑えていた。

     惜しまれての退職だが、1ついいことがある。それは、喜びを隠すことなく優勝パレードを見られることだ。

     「オープンカーで、浦和の街をパレードするところをまた見られたら、そんなに幸せなことはないと思います」と平井さんは何度もうなずいた。

     勤続16年は、選手最古参のMF平川の14年をも上回る。ペトロビッチ監督も30日甲府戦の前日会見で「とても長い時間が流れた。ファミリーとして一緒に戦ってくれて、感謝に堪えない」と言及した。

     長きにわたり、陰ながらチームを支えた平井さんは、いわば「レッズのカリスマ主婦」だった。退職の花道を飾るためにも、浦和は悲願のリーグ年間優勝を狙う。

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