清水克行

「やられた分だけやり返す」という中世の人々の衡平感覚や相殺主義は、現代人にはどうにも野蛮で幼稚な発想のように思えてしまうが、反面で「やられた分」以上の「やり返し」を厳に戒める効果も明らかにもっていたのである。 ・・・ 日本中世社会の衡平感覚や相殺主義も、それは一方で紛争の原因でありながらも、他方では紛争を収束させる要素ともなっていたと断言して差し支えはないだろう。そして、他でもない喧嘩両成敗法とは、当事者双方を罰することで、まさにそうした均衡状態を強制的につくり出す効果をもっていたのである。

室町幕府には、流人を「公界往来人」、すなわち室町殿との主従関係(保護ー託身関係)が切断された者とみて、そうしたものは殺害しても構わないとする認識があったことがうかがえる。 ・・・ つまり、法の保護を失った人間に対して「殺害」「刃傷」「恥辱」「横難」、そのほかいかなる危害を加えようと、それはなんの問題にもならない。 ・・・ 室町幕府の流罪とは、罪人の追放や拘束に意味があったのではなく、なによりも彼らを法の保護の埒外に置くことに最大の意味があったのである。もちろん、自力救済を基本とする中世社会にあっては、それは多くの場合、即「死」を意味した。

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