2 thoughts on “山口紀美子

  1. shinichi Post author

    奪われた若き命

    戦犯刑死した学徒兵、木村久夫の一生

    by 山口紀美子

    無実を訴えながらも戦犯刑死した元陸軍上等兵・木村久夫。
    彼の遺書を読んだ著者は、木村さんの妹と交流を重ねること二十二年。
    その中で見えてきたものは、木村さんが生き抜いた二十八年間と抱いていた夢、そして家族への想いだった。

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  2. shinichi Post author

    戦没学生にかかわる講演を聞く

    by 伊藤浩之

    http://blog.goo.ne.jp/hiroyuki19601121/e/ef86609b9e52bea0bff0652e3e3cc4d0

     木村さんは、大阪に生まれた読書好きな青年だったという。

     体が弱かったこともあり尋常小学校5年生まで学校に行かず、自宅に届く本を読んで学んでいたという。英語に堪能で経済学に深く浸透していた木村さんは、やがて旧制の高知高校(現、高知大学)から京都大学経済学部に進学。半年余りがすぎた10月1日に徴兵され入隊し、結核のため陸軍の病院に1年程入院した後、インド洋のカーニコバル島に送られ、ここで通訳として活動したことが災いし、戦犯として逮捕・刑死したのだといいます。

     山口さんは、彼が平和に傾倒し、軍事教練にも熱心ではなかったことを紹介しながら、戦犯とされたのは、一つは敗戦後、現地の軍幹部がイギリス軍が行う裁判に対して何も語らないという対策を講じたために指揮命令系統が明らかにならず行為そのものが問題にされ、住民に接する期会が多かったことが災いしたこと、二つにこうした判断がされたのは戦後早い時期の裁判だったことなどに原因があっただろうと語りました。

     また、彼の死刑が決まった後に担当した教誨師は、彼が「一冊の本も持てなくて死んでいくのは残念」と死の直前まで学ぶことに渇望していた「立派な人物」で、「悔いはいわない。僕は何も悪いことをしていない」と話していたと証言していたことを紹介しました。

     彼が学ぼうと購入した書物450冊は高知大学に木村文庫として保管されており、彼が読んだ本の余白にはびっしりと書き込みが残っているといいます。また、遺書も本の余白に書かれていたものだったといいます。

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