井田純

生活保護受給者やホームレスなど、社会で弱い立場にいる人への攻撃的な空気が広がってきたのはいつごろからだろう。格差社会のもと、経済成長を遮二無二追求する中で、「生産性が低い」ことなどを理由に、排除しようという心理が見え隠れする。

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    弱者敵視、あおる社会 生活保護受給者、ホームレス、障害者標的に

    by 井田純

    毎日新聞2018年3月22日 東京夕刊

    https://mainichi.jp/articles/20180322/dde/012/040/002000c

     生活保護受給者やホームレスなど、社会で弱い立場にいる人への攻撃的な空気が広がってきたのはいつごろからだろう。格差社会のもと、経済成長を遮二無二追求する中で、「生産性が低い」ことなどを理由に、排除しようという心理が見え隠れする。

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     昨年7月の刊行以来、じわじわ売れ続けている翻訳本がある。英国の若手コラムニスト、オーウェン・ジョーンズ氏(33)の「チャヴ 弱者を敵視する社会」だ。今年に入っても版を重ね、すでに5刷。出版した「海と月社」の松井義弘社長は「硬い内容で400ページ近いボリュームにもかかわらず、多くの人に読んでもらえている」と手応えを語る。

     「チャヴ」とは貧困層に対する英国での蔑称で、「粗野」「怠惰」など否定的なイメージをまとった言葉という。同書は、サッチャー政権以後の英国の変化を分析、格差・不平等を正当化しようとする社会を告発する。

     「読者の反応で目立つのは、『とても英国の話とは思えない』『そのまま今の日本だ』という声です」と松井さん。「生活保護」たたき、社会問題を自己責任論で片付けようとする空気、同調するメディア、規制緩和の恩恵が為政者周辺に流れる仕組み--。なるほど他国の話に聞こえない。

     翻って日本。最近の東京都の調査で、アパートを借りられず、ネットカフェなどで寝泊まりする人たちが約4000人に及ぶことが明らかになった。今年2月、この調査を取り上げたテレビのバラエティー番組では、タレントが「(彼らも)ちゃんと働いてほしい」と「自己責任論」を展開した。しかし、都によると、9割近くが働き、中には正社員も含まれており、「自己責任論」に根拠はない。

     昨年末には生活保護受給者を尾行したり、自宅を張り込んだりするテレビ番組が放送されている。タイトルには「ずるい奴(やつ)ら」などの文字も。取り上げられたのは体調を崩して生活保護を受け、回復してまた働き始めた「不正受給者」らだった。

     貧困層を支援するNPO法人、自立生活サポートセンター・もやい(東京都新宿区)の大西連理事長の目には、この番組が「人権感覚上問題がある」と映った。行政側も詐欺罪で告訴しない悪質性の低いケースであるにもかかわらず、自治体担当者とともに、生活保護受給者を追いかけた。

     「弱者敵視」をあおるようなメディアの姿勢について、大西さんは「視聴者に受ける、という判断があるようです。ワーキングプアが社会問題化してきた十数年前は『報道』が扱うテーマだった貧困問題が、今は『バラエティー』のトピックになり、専門家ではなくタレントがコメントする話題になった」とみる。取材を受ける立場でもある大西さんの実感だ。

     大西さんは、こうした社会・メディアの変化と政策の方向性に共通するものを感じる。昨年12月には、政府が生活保護受給額のうち食費や光熱費などを今年10月から3年かけて年160億円(約1・8%)削減する方針を発表した。「安倍晋三政権の弱者へのまなざしには、根本的に冷たいものを感じます。雇用を伸ばし、経済成長を図る考えには賛成ですが、生活保護費の削減はこれに逆行する。弱い立場の権利を守るのではなく、強いものに投資するという考えで、『自己責任論』と親和性が高い」

    「強い国」目指し効率優先

     「これまで建前で抑えてきたものが、こういう空気の中で噴き出してきたのではないでしょうか」。そう話すのは、横浜市で障害者の作業所などを運営する渋谷治巳さん。渋谷さんも脳性まひ者で、介助を受けながら生活している。

     渋谷さんが思い出すのは、一昨年7月に相模原市で起きた「やまゆり園事件」だ。知的障害者福祉施設で元施設職員の男が入所者19人を殺害、26人に重軽傷を負わせた。捜査の過程で、被告は事件前に「障害者を安楽死させるための法制」を訴える手紙を安倍首相に渡そうとしていたことが明らかになっている。

     「新自由主義が目指す『強くなっていく国』では、弱い者は生きづらい。生産性の高い人間を育てたいという社会では、異質なものはいない方が効率がいいという考えが出てくるでしょう。戦時中、養護学校の生徒が学童疎開の対象外になったのは『戦力』にならないからでした。軍事、経済の違いはあっても、ある物差しで命の価値を分けるという点で共通している」

     事件から1年半以上が経過した今、渋谷さんはこんなことを考えている。「もちろん、彼の犯した罪は絶対に許せません。ですが、彼自身もこの社会での強者ではなかった。弱い者が自分で自分を追い込んでいるように映ります」

     2月末、政府の働き方改革関連法案に反対する東京・新宿でのデモでは、こんな話を聞いた。主催団体「AEQUITAS(エキタス)」のメンバーの一人は、街頭で最低賃金の引き上げを訴えていたとき、「給料を上げたら会社がもたなくなる、と言い返された」と振り返る。「給料をもらう側の人が、経営者を代弁するようなことを言うんです」。格差が広がるほど「助けを求めるな、甘えるな」という声が強まるように感じることもある、という。

     若者の労働環境や不登校、引きこもりなどの実態に詳しい関東学院大の中西新太郎教授(社会学)の分析はこうだ。

     「誰かが主張する権利を『特権』に読み替えて攻撃し、自分を正義だと感じる。ヘイトスピーチとも共通する心理です。同時に、弱者を敵視することで『自分は弱者ではない』と思える、という構造があります」。貧困問題に限らず、保育園が足りないと声を上げる人を「産んだ親の責任」と攻撃する人たちが出てくるのも、同様のメカニズムだとみる。

     そんな社会でいいのか。中西さんは「実際には、圧倒的大多数は、富裕層の仲間入りをするより貧困に陥る方がはるかに可能性が高い。正社員でも会社の業績悪化や病気・事故、震災のような自然災害、親の介護など、ちょっとしたきっかけで生活基盤が崩れかねない。弱者をたたくことで秩序を維持しようとする社会はきわめて脆弱(ぜいじゃく)です」。

     今月7日の国会前。森友学園問題の公文書改ざん発覚を受けた安倍内閣への抗議デモの場で、こんなスピーチに共感の声が上がった。「弱い者がさらに弱い者をたたく社会にしてしまったことが許せない」。ごく一部の特別な人たちを除けば、みな弱い立場にあるという事実に多くの人が気づき始めているのかもしれない。

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