浜崎綾

(念願叶って、2004年の入社1年目から「新堂本兄弟」のADになられたそうですね。)
当時、フジテレビの音楽番組を一手に手掛けていたプロデューサーのきくち(伸)さんが、『僕らの音楽』(2004~2014年)を立ち上げたばかりで、特に力を入れていた時期だったので、『きくちさん、今「僕らの音楽」で大変ですよね。「新堂本兄弟」の音楽コーナーの制作は私がやりましょうか?』って、さりげなくアピールしたんです(笑)。そしたら、『じゃあ、次の収録から吉田建さん(※堂本ブラザーズバンドのバンドマスター)と直接話して』と言われて、1週間後には建さんと電話でやりとりするようになって。建さんにはいろいろなことを教えていただきましたね。『Aメロから始めるとインパクトが弱いから、サビをアタマに持ってこよう』とか、要するに、生バンドによる音楽の作り方について、基礎から学ばせていただいたというか。収録は毎回3本撮りでしたから3曲分、1000本ノックを受け続けたようなもので(笑)、あの時期の経験は、間違いなく自分の礎になっています。

3 thoughts on “浜崎綾

  1. shinichi Post author

    【テレビの開拓者たち / 浜崎綾】賛否両論が巻き起こるくらい、見た人の価値観を揺さぶるものを作りたい

    ザテレビジョン

    https://thetv.jp/news/detail/140613/

    2004年にフジテレビに入社後、1年目にして「新堂本兄弟」(2004~2014年)のライブパートの演出を担当。以降も、「FNS歌謡祭」(1996年~)をはじめ、数々の音楽番組を手掛けてきた浜崎綾氏。2008年から携わっている「MUSIC FAIR」(1964年~)は放送2700回を迎え、記念コンサートの模様が4週連続で放送されている。また音楽番組以外にも「KinKi Kidsのブンブブーン」(2014年~)などバラエティー番組も手掛ける浜崎氏に、それぞれの番組作りの面白さや、番組ごとの演出法の違いなどについて聞いた。

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  2. shinichi Post author

    りりィのミリオンヒットした「私は泣いています」の発売から半年後、1974年9月5日に、「風のいたみ」というシングル盤が東芝EXPRESSレーベルからリリースされた

    by 寺本幸司

    http://music-calendar.jp/2016090501

    前々から、りりィをリード・ヴォーカルという位置づけにしたパーマネントのバンドを作りたかったので、キーボードに木田高介、ギターを土屋昌巳、ベースを吉田 建、ドラムに西 哲也(ファニーカンパニー)、パーカッションに斎藤ノブという布陣で「バイバイ・セッション・バンド」を結成した。名前には、その日その日を一夜限りのセッションのつもりでプレイするというロック・スピリットをこめたつもりだった。

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