名前といふものは、我々人間にとつては一つの意義があるのですよ。薔薇だつて、そりあマリイ・ボオマンだとか、テストウ夫人だとか、カモンド伯爵夫人だとか、或はまたエモオションだとか呼ばれてはゐます、が、それは殆ど無用の長物です。薔薇は自分たちの名前を知つてゐませんからね。それ等の上に小さな木札をひつかける、と、もうそれを引つ込めません。それつきりなのです。しかし、人々は自分たちの名前を知つてゐます。彼等は自分たちのもつてゐる名前に關心を持ち、それを大事さうに暗記してゐて、それを彼等に訊ねる者があれば誰にでもそれを言つてやります。彼等は一生涯、云はばまあ、それを養つてゐるのですね、そしておしまひには、それとごつちやになる位、殆どそつくり、その名前に似てしまふものですよ。……
夢
by ライネル・マリア・リルケ, Rainer Maria Rilke
translated by 堀辰雄
青空文庫
https://www.aozora.gr.jp/cards/000075/files/47946_41489.html