サンドラ・ヘフェリン

ドイツにおいてはネガティブなことをいっさい言わずポジティブなことしか言わない人は、「自分の頭で考えることのできない中身のない人」「知識や教養がないから批判のひとつもできない人」と思われることが、しばしばあります。なお、ポジティブ発言が多く、かつ笑顔を絶やさない人に関しては「新興宗教の勧誘の人かしら」と周囲の人から警戒されることもあります。
ヨーロッパ人は米国人と比べるとネガティブ思考の人が多く、あまり「ポジティブ思考」なるものを信用していない人も多いのですが、ドイツで育った私もまた「ポジティブ思考」に違和感を抱くひとりです。

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  1. shinichi Post author

    日本にも蔓延する「ポジティブ思考」という病

    「いつもニコニコ」が成功の妨げになっていた

    by サンドラ・ヘフェリン

    ドイツにおいてはネガティブなことをいっさい言わずポジティブなことしか言わない人は、「自分の頭で考えることのできない中身のない人」「知識や教養がないから批判のひとつもできない人」と思われることが、しばしばあります。なお、ポジティブ発言が多く、かつ笑顔を絶やさない人に関しては「新興宗教の勧誘の人かしら」と周囲の人から警戒されることもあります。

    ヨーロッパ人は米国人と比べるとネガティブ思考の人が多く、あまり「ポジティブ思考」なるものを信用していない人も多いのですが、ドイツで育った私もまた「ポジティブ思考」に違和感を抱くひとりです。

    「暗い話」で意気投合するドイツ人たち

    確かに米国人はポジティブです。彼らと話していると、愚痴やネガティブな内容のことを聞かされることはまずないですし、口から出る言葉は前向きそのものです。あまりついていけていない私を察してか、ご丁寧に“Be positive!” (「ポジティブにね!」)とか“Think positive!”(「ポジティブに考えよう!」)と言ってくださる方もいます。

    ネガティブなことをいっさい口に出さないあの明るさには、きっと何か裏があるのではないか、と当初はよく勘ぐったものです。「心の中は本当のところ、どうなっているのだろう。何かどす黒いものが渦巻いているのではないか……」などと、ひねくれた考え方をしたことも一度や二度ではありません。

    というのも、同じ人間であるにもかかわらずドイツ人は基本的にネガティブな情報を発信するのが好きな人たちです。初対面であっても、あいさつや自己紹介もそこそこに「天気が悪すぎる、政治も悪すぎる、地球の環境汚染が心配だ、食品の安全も心配、仕事は大変だし、ITによって世の中からはどんどん人間らしさが失われているし、そもそも……」とネガティブな話が延々と続くことが珍しくありません。聞いている側もうなずきながら、自分のさらなるネガティブ体験を語ったり、ネガティブな会話の中でお互い意気投合したりと、何気に楽しそうです。

    そんな環境で育った私は、ネガティブな話をすることがイコール敬遠されるべきことだとは長年思ってもみませんでした。ところが来日後、日本人、ドイツ人、米国人が多くいる職場で働くようになってから、じつはネガティブ思考やネガティブ発言をよしとしているのはドイツ人だけであるということを実感させられました。

    ドイツ人に「元気?」と聞けば「ちょっと猫の具合が悪くてね……」という返事が返ってくることも少なくないのに、米国人にいたっては「元気?」と聞けば必ず「元気!」という答えが返ってきたものです。

    そして日本人も基本ポジティブ思考です。たしかに米国人よりは愚痴の頻度が多い気がしないでもないですが、そうはいっても日本の社会全体に「ポジティブ思考」が広く浸透している印象を受けます。

    忙しいは「心を亡くす」と書く!

    ちなみに前述の職場では、ある日本人女性に「『忙しい』という言葉はネガティブだから、言わないようにしているんです。だって『忙しい』という漢字は『心を亡くす』と書くんですよ」と言われました。恐れ入ると同時に「『忙しい』と言う行為って、そんなにネガティブなことだったんだ!」と私はショックを受けました。

    「忙しい、忙しい」と言っていると運が逃げていき、不幸を呼び込みやすいと説明されましたが、はたしてポジティブな言動や空想だけで、人生、本当にそううまくいくものなのでしょうか。

    日本でも「なりたい自分になるためには、すでにそうなっている自分を想像してイメージトレーングをして!」などとよく言われていますが、はたしてポジティブな空想をすることで本当に何かを成し遂げたり、結果を出すことができるのでしょうか? と疑問に思っていた矢先に出会ったのが『成功するにはポジティブ思考を捨てなさい』(著者: ガブリエル・エッティンゲン 訳: 大田直子 / 講談社)という本です。

    むしろネガティブ思考が成功に導くと書かれているこの本、著者であるガブリエル・エッティンゲン博士がドイツ人だということにまず納得した次第です。ただしこの本、著者がドイツ人だからネガティブ思考を絶賛しているのではなく、20年間の研究結果をまとめた本であるという点に説得力があります。博士が米国とドイツの両国で「モチベーション」に関する科学的研究を続けた結果、やみくもなポジティブ思考は、むしろ成功の妨げになることがわかったのです。

    たとえばダイエットについて。私の周りでも「ダイエットを成功させるためには、痩せた自分を想像してイメージトレーニングをすること」が称賛されているフシがありますが、エッティンゲン博士のデータによると、「友人と出かけるスリムな自分」そして「ドーナツという誘惑のそばを顔色ひとつ変えず、いとも簡単に通り過ぎる自分」というポジティブな自分を思い描いた人たちのほうが、「ついドーナツを食べてしまうといったネガティブな自分」を思い描いた人たちよりも、1年後に減った体重が11キロも少なかったのだそうです。

    なお「自分は体重を減らせそうだ」といわゆる「ポジティブ思考」だった女性たちのほうが「自分はあまり減量できそうにない」と思っていた女性たちよりも、やはり1年後に平均して12キロ体重が多かったというデータがこの本には紹介されています。

    憧れが強すぎると海外生活はできない

    ダイエット開始の際に「痩せている自分」を想像(ポジティブ思考)してしまうと、人間の心はその空想で満足してしまい、ダイエット開始後に起こりうるさまざまな壁に立ち向かうことができなくなってしまうのだそう。そして空想の中で夢を叶えてしまうと、現実世界での、夢を叶える途中で起こりうるさまざまな困難を前に力を出し切れないのです。

    これは何もダイエットに限らず、就職活動、恋愛などあらゆる分野において当てはまる法則です。一目惚れをした女性について、すでに自分がその女性とデートに出かけ、一緒に旅行をしたり、夕日を一緒に見たり……というポジティブな空想をしている男性は、実際にその女性に声をかけたりデートを誘うまでには至らないことが多いのだとか。

    就職活動においても「素敵なエリアの広々としたオフィスで仕事をしている自分」というポジティブな空想を頻繁にしていた人ほど、2年後の追跡調査では就職活動に成功していなかったとエッティンゲン博士は述べています。企業に送った応募書類も少なく、会社からのオファーもあまりなく、結局は所得も低いのだそうです。

    そういえば「外国に住みたい」と、海外への憧れを抱いている人に関しても、その国に対してポジティブな憧れが強ければ強いほど、実際にその国の地を踏むことはなかったりします。また、実際に外国に行ってはみたものの、行った先でガッカリし、その国に失望してしまい、結局長くその国に住むには至らなかった、なんていうのはよく聞く話です。

    では、いったいどうすれば自分の描いている夢をよい形で実現できるのか。それは、ポジティブな夢を見たすぐ後に、夢を叶える過程で起こりうるさまざまな困難や壁を想像し、それらを乗り越える方法を考えること……これに尽きます。博士は夢と現実を対比させることが大事だとし、著書の中でこのことを「メンタル・コントラスティング(頭の中での対比)」と紹介しています。

    上記の「海外への憧れ」に関していえば、「その国のよいところ(ポジティブ)」を空想するのと同時に、実際に起こりうる「その国でのトラブルや問題(ネガティブ)」をも想定し、それに対する自分の対処法も考えておくと、海外生活も楽しいものとなりそうです。

    私の場合は来日の際、日本への夢をふくらませるとともに「もしも日本で体育会系気質の職場に入ってしまったら、ドイツで育った人には適応が難しいかもしれない。でももしそうなったら、なるべく早くほかの職場を探そう。でも『石の上にも三年』というし、3年間は日本に住んでみよう」と考えました。私の来日後の生活が成功しているかどうかには疑問が残るところですが、少なくとも過剰な「びっくり」や「がっかり」はなかったように思います。

    便利な日本語「ダメもと」こそ、成功の秘訣


    『成功するにはポジティブ思考を捨てなさい』

    by ガブリエル・エッティンゲン

    translated by 大田直子


    本の中では夢を叶えるための現実的な手法としてWOOP(Wish(願い)、Outcome(結果)、Obstacle(障害)、Plan(計画))が紹介されています。最初に「痩せている自分」というポジティブな空想をしても、そこに留まらなければ夢の実現は可能としています。

    WOOPの手順でいうとまず、具体的には「朝にジョギングすること」を「願い」(Wish)とする。その後「体調がよくなる」という「結果(Outcome)を想像し、ジョギングをするにあたって起こりうる障害(Obstacle)、たとえば仕事から帰宅後に疲れていること、を想像する。最後が非常に重要なのですが、障害を乗り越える計画(Plan)を立てること。たとえば「もしも、仕事の後に疲れて帰宅したら、何も考えずとりあえずランニングシューズを履いて外に出よう」といった具体的なものだと成功率が高まります。WOOPはなるべくリラックスした環境でやると効果的なので、お風呂の中でやってみるのもよいかもしれません。

    最後になりましたが、日本語には「ダメもと」という便利な言い回しがあります。まさにこの「ダメもと」という言葉に本の内容が要約されているようにも思えました。すべてにおいて過剰な期待をせず、全力をあげながらも「ダメもと」の精神で挑めば地に足がついたまま夢に向かうことができそうです。

    世に蔓延しているポジティブ思考はほどほどにしておいて、「願いを叶えたければ(ネガティブな)現実も見よう!」と日々唱えれば一歩夢に近づけるのかもしれません。

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