末家覚三

 国際社会の批判を集めたのは、検査で日々、感染者が急速に増えていったことがきっかけだ。そこに、乗客よりも劣悪な環境に置かれていた乗員たちのネットを通じた告発が加わった。すし詰め状態で調理、寝泊まりをする乗員の感染を放置し、船内で感染者を量産する「ウイルス培養器」のイメージができあがった。神戸大の医師が乗り込み、状況をさらに危機的に伝えたことで、バッシングは広がった。
 事実は少し違う。厚生労働省は後日、感染症の対策措置を取っていることを発表している。国立感染症研究所が後日出した報告書によれば、大半の感染は隔離前に起きており、隔離は追加の感染をゼロにすることはできなくとも、抑制することはできた、と評価した。
 だが、国立感染症研究所の報告書が出たのは隔離が終わって下船の始まった19日で、厚生労働省が船内の感染症対策について公表したのは翌20日。日本政府へのバッシングが一巡したあとだ。報道は、報告書が強調した「抑制」の部分よりもゼロに防げなかった点を強調することになった。
 船で感染が広がった一義的な責任は、乗客の感染後もパーティーを開くなどしていた船の対応にあるともいえる。だが、そんな事実が報道に出始めたのは、ほとんどが下船後。一度定着した評価を覆すのが難しいことはPRの世界では常識だ。日本政府のミスは、隔離対策そのものよりも、その透明性にあったわけだ。
 感染がゼロには防げないこと、不十分でも最大限の対策は取っていること、乗員と乗客の対応には差異が生じざるを得ないこと、なにより感染発覚後も船がパーティーを開くなど、船の対応がまずかったこと。最初からこれらを明らかにしていれば、批判は最小限にとどまり、船会社などに矛先が向かっていたはずだ。
 外交関係者は「現場の対応に追われていたとはいえ、いつもの日本の悪い癖。特に海外へのPRでは、こちらから仕掛けていかなければだめ。後手に回った時点で負けなのは常識なのだが、いまだに日本は学ばない」と手厳しい。

One thought on “末家覚三

  1. shinichi Post author

    世界が日本を「汚染国」に指定! 新型コロナ“国際情報戦”で中国が逆転した理由

    by 末家覚三

    週刊文春デジタル

    https://bunshun.jp/articles/-/36387

     新型コロナウイルスへの対応をめぐり、国際世論のバッシングの矛先が中国から日本に向かい始めた。転機は多国籍にわたって大量の感染者を出したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」での日本政府の対応だ。日産のカルロス・ゴーン元会長の司法批判に続き、国際情報戦での日本の非力ぶりがまたも炙り出された。

    日本人は各国から渡航制限を受けている

     国際情報戦の新たな幕が切って落とされたのは、新型コロナウイルスの発信源である中国だった。

    「状況が深刻な地域から来た人は14日間の経過観察を受けることになる」

     2月26日、中国の首都・北京の当局はこう発表し、日本からの渡航者などを念頭に、中国に渡航した際は自宅などでの14日間の隔離措置を求めることを明らかにした。

     ウイルスによる感染者数約200人に過ぎない日本が、死者だけで3000人に迫る中国から渡航制限を受ける。日本がいまだに武漢のある湖北省、浙江省をのぞき、中国からの渡航者を受け入れているにもかかわらず、だ。

     つい数週間前であれば、中国の過剰反応として一笑に付されていたであろう動きも、いまや違和感を持つのは日本人くらいかもしれない。何しろ、日本を「汚染国」リストに入れるのは、いまや世界のトレンドだからだ。次に危ないのは日本だ——。そんな国際世論が形成されつつある。

     外務省によると、イスラエル、イラク、サウジアラビア、モンゴルなどは日本からの入国を完全に拒否。カザフスタン、パレスチナ、タイ、ベトナム、コロンビア、スーダンなど広範な国で入国後の行動制限措置がすでに取られている。

     入国だけではない。海外子女教育振興財団などによると、中国やイタリア、韓国など大流行が始まった国以外にもベトナムなどで日本人学校が休校した。日系企業の海外拠点も相次いで日本出張を取りやめるなど、経済面でもブレーキが掛かり始めている。

     そもそも、日本は新型コロナウイルスの発生初期から、常に感染者数では上位に位置づけていた。それが、なぜ、いまこうした措置を取られ始めるのか。

    「ウイルス培養器」のイメージができた

     転機は世界中からの乗客・乗員3711人のうち700人以上が感染したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」での日本政府の対応があったといわざるをえない。

     2月5日に乗客の感染が発覚後に横浜港に停泊した同号に対し、日本政府は船上での隔離措置を取った。だが、当初はその対応に理解を示していた米国疾病予防管理センター(CDC)が2月18日には対策が「不十分だった」と発表。隔離期間終了前に米政府など各国政府が航空機で自国民を「救出」する事態となった。

     国際社会の批判を集めたのは、検査で日々、感染者が急速に増えていったことがきっかけだ。そこに、乗客よりも劣悪な環境に置かれていた乗員たちのネットを通じた告発が加わった。すし詰め状態で調理、寝泊まりをする乗員の感染を放置し、船内で感染者を量産する「ウイルス培養器」のイメージができあがった。神戸大の医師が乗り込み、状況をさらに危機的に伝えたことで、バッシングは広がった。

    ミスは隔離対策そのものより透明性に

     事実は少し違う。厚生労働省は後日、感染症の対策措置を取っていることを発表している。国立感染症研究所が後日出した報告書によれば、大半の感染は隔離前に起きており、隔離は追加の感染をゼロにすることはできなくとも、抑制することはできた、と評価した。

     だが、国立感染症研究所の報告書が出たのは隔離が終わって下船の始まった19日で、厚生労働省が船内の感染症対策について公表したのは翌20日。日本政府へのバッシングが一巡したあとだ。報道は、報告書が強調した「抑制」の部分よりもゼロに防げなかった点を強調することになった。

     船で感染が広がった一義的な責任は、乗客の感染後もパーティーを開くなどしていた船の対応にあるともいえる。だが、そんな事実が報道に出始めたのは、ほとんどが下船後。一度定着した評価を覆すのが難しいことはPRの世界では常識だ。日本政府のミスは、隔離対策そのものよりも、その透明性にあったわけだ。

     感染がゼロには防げないこと、不十分でも最大限の対策は取っていること、乗員と乗客の対応には差異が生じざるを得ないこと、なにより感染発覚後も船がパーティーを開くなど、船の対応がまずかったこと。最初からこれらを明らかにしていれば、批判は最小限にとどまり、船会社などに矛先が向かっていたはずだ。

     外交関係者は「現場の対応に追われていたとはいえ、いつもの日本の悪い癖。特に海外へのPRでは、こちらから仕掛けていかなければだめ。後手に回った時点で負けなのは常識なのだが、いまだに日本は学ばない」と手厳しい。

    中国は強硬策で感染者の数が減り始めた

     これに対して株を上げつつあるのが中国だ。当初は武漢当局が隠蔽したなどとの批判も起こったが、1000万人都市の武漢を封鎖するなど前代未聞の強硬策を次々に打ち出し、2月下旬からはとうとう感染者の数が減り始めた。その間も国内の研究者が矢継ぎ早にコロナウイルスの臨床状況などをもとに論文を提出。高齢者に重症者が多いなどの詳細な臨床研究や、エアロゾル(霧状の水滴)を通じた感染の可能性があることなどを次々に明らかにしていった。

    《中国の情報公開はSARS(重症急性呼吸器症候群)のころよりも様々な面で向上した。政府は問題をより早く認めた。北京政府の役人たちはさらに透明性を確保するよう決意を示してきた》

     ニューヨークタイムズは1月22日の時点で、こう中国を持ち上げて見せた。

    日中の明暗は否が応でもクローズアップされる

     信頼性、透明性は、医療技術などをはじめ、日本が世界に誇る特質のひとつだったはず。だが、いまやIT産業だけでなく、こうした分野ですら日本が中国の後手に回りつつあることが露呈した。

     幸いと言うべきか、ウイルスがイタリアなど欧米に広がったことで、日本へのバッシングは少し目立たなくなっている。だが、4月に予定されていた習近平の来日をめぐり、日中の明暗は否が応でもクローズアップされるに違いない。

     1月時点では日本側のキャンセルが焦点だったが、いまや危ぶまれるのは中国側からのキャンセルで日本が汚染国としてのレッテルを貼られることだ。国賓としての来日を迎えたとしても、それはウイルス対策における中国の成功と日本の失敗を象徴する儀式として発信されることになるのかもしれない。

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