財政制度等審議会・財政制度分科会

振り返れば、平成時代の財政は、消費税の導入の実現とともに始まった。平成2年度予算では、15 年もの歳月と多大な歳出削減努力を経て、特例公債からの脱却が達成された。
特例公債は、将来世代に資産を残すことなく負担のみを残すものであり、歳出は経常的な収入で賄う財政法の基本原則に著しく反するものとしてその発行が忌避されてきた。我が国には、第2次世界大戦時の軍事費調達のために多額の国債が発行され、終戦直後からハイパーインフレーションなどの惨禍を招いた歴史がある。この過程で国の債務は実質的に目減りしたが、国債を保有していた国民の資産を代償にしたことも忘れてはならない。こうした教訓に基づいて財政法上の非募債主義等が定められたのであり、財政法上の規律の遵守こそが財政運営の最重要課題とされたのは当然のことであった。
しかし、今や、その特例公債の発行額は平成 30 年度当初予算ベースで 27.6 兆円にも及ぶ。現在の世代のみが受益し、その費用の負担を将来世代に先送ることの問題点については今更多言を要しないが、少子高齢化によってその深刻さは増している。
問題は、特例公債に限られない。建設公債についても、公共事業や施設整備の恩恵を享受する将来世代の人口は当時の想定より遥かに少なかったことになる。受益者人口が想定した規模に満たないまま、将来世代に費用の負担のみを背負わせた例は多々見られる。
そして、今年度末には平成2年度(1990 年度)末の 5.3 倍に当たる 883兆円もの公債残高が積み上がり、一般政府債務残高は対 GDP 比 238%に達しようとしている。歴史的にみても、足下の債務残高対 GDP 比は、先ほど言及した第2次世界大戦末期の水準に匹敵している。
地球温暖化を含む環境問題について、所有権が存在せず、多数の主体がアクセス可能な資源が過剰に利用され枯渇するという「共有地の悲劇」が指摘されることがあるが、財政にもまた「共有地の悲劇」が当てはまる。現在の世代が「共有地」のように財政資源に安易に依存し、それを自分たちのために費消してしまえば、将来の世代はそのツケを負わされ、財政資源は枯渇してしまう。悲劇の主人公は将来の世代であり、現在の世代は将来の世代に責任を負っているのである。

3 thoughts on “財政制度等審議会・財政制度分科会

  1. shinichi Post author

    平成 31 年度予算の編成等に関する建議
    平成30年11月20日
    財政制度等審議会会長
    榊原 定征

    https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/report/zaiseia301120/01.pdf

    財政制度等審議会・財政制度分科会は、平成31年度予算の編成及び今後の財政運営に関する基本的考え方をここに建議として取りまとめた。政府においては、本建議の趣旨に沿い、今後の財政運営に当たるよう強く要請する。

    Ⅰ.総論

    1.平成財政の総括

    平成 31 年度(2019 年度)予算編成は、平成最後の予算編成となる。

    振り返れば、平成時代の財政は、長年の懸案とされていた消費税の導入の実現とともに始まった。平成に入って実質的に最初の編成となった平成2年度(1990 年度)予算では、15 年もの歳月と多大な歳出削減努力を経て、特例公債からの脱却が達成された。

    特例公債は、将来世代に資産を残すことなく負担のみを残すものであり、歳出は経常的な収入で賄う財政法の基本原則に著しく反するものとしてその発行が忌避されてきた。まして、我が国には、第2次世界大戦時の軍事費調達のために多額の国債が発行され、終戦直後からハイパーインフレーションなどの惨禍を招いた歴史がある。この過程で国の債務は実質的に目減りしたが、国債を保有していた国民の資産を代償にしたことも忘れてはならない。こうした教訓に基づいて財政法上の非募債主義等が定められたのであり、財政法上の規律の遵守こそが財政運営の最重要課題とされたのは当然のことであった。

    しかし、今や、その特例公債の発行額は平成 30 年度(2018 年度)当初予算ベースで 27.6 兆円にも及ぶ。現在の世代のみが受益し、その費用の負担を将来世代に先送ることの問題点については今更多言を要しないが、少子高齢化によってその深刻さは増している。

    すなわち、少子化は負担を先送りされる将来世代の数の減少を意味し、高齢化は社会保障給付等を受益する現在の世代の増加を意味する。現状では、平成が始まった当時の人口推計が想定した以上に、出生率の低下等により年少人口・生産年齢人口が減少し、高齢者人口が増加している。益々増大する負担を益々減少する将来世代に先送りすることにより、将来世代1人当たりの負荷は重くなっている。負担先送りの罪深さはかつての比ではない。

    問題は、特例公債に限られない。建設公債についても、公共事業や施設整備の恩恵を享受する将来世代の人口は当時の想定より遥かに少なかったことになる。受益者人口が想定した規模に満たないまま、将来世代に費用の負担のみを背負わせた例は多々見られる。

    そして、今年度末には平成2年度(1990 年度)末の 5.3 倍に当たる 883兆円もの公債残高が積み上がり、一般政府債務残高は対 GDP 比 238%に達しようとしている。歴史的にみても、足下の債務残高対 GDP 比は、先ほど言及した第2次世界大戦末期の水準に匹敵している。

    平成という時代は、こうした厳しい財政状況を後世に押し付けてしまう格好となっている。かつて昭和の政治家は戦後初めて継続的な特例公債の発行に至った際に「万死に値する」と述べたとされるが、その後先人達が苦労の末に達成した特例公債からの脱却はバブルとともに潰えた一時の夢であったかのようである。より見過ごせないことは、平成 14 年(2002 年)から財政健全化に向けた出発点となる指標として掲げている国・地方合わせたプライマリーバランスの黒字化という目標すら、15 年を超える歳月を経てもいまだ達成されていないことである。

    地球温暖化を含む環境問題について、所有権が存在せず、多数の主体がアクセス可能な資源が過剰に利用され枯渇するという「共有地の悲劇」が指摘されることがあるが、財政にもまた「共有地の悲劇」が当てはまる。現在の世代が「共有地」のように財政資源に安易に依存し、それを自分たちのために費消してしまえば、将来の世代はそのツケを負わされ、財政資源は枯渇してしまう。悲劇の主人公は将来の世代であり、現在の世代は将来の世代に責任を負っているのである。

    先人達や、新たな時代そして更にその先の時代の子供達に、平成時代の財政運営をどのように申し開くことができるのであろうか。

    2.受益と負担の乖離

    平成に入ってからの債務残高の累増要因の約7割は、社会保障関係費の増加及び税収の減少によるものであり、更に地方交付税交付金等における一般会計からの補填部分を含めれば、約8割を占める。

    我が国の社会保障制度は、国民自らが高齢や疾病等のリスクを分かち合い支え合うとの考え方の下、受益と負担の対応関係が明確な社会保険方式を基本としている。しかし、現実には保険料より公費への依存が増しており、しかも本来税財源により賄われるべき公費の財源について、特例公債を通じて将来世代へ負担が先送られているため、受益と負担の対応関係が断ち切られている。負担の水準の変化をシグナルと捉えて受益の水準をチェックする牽制作用を期待できないまま、給付(受益)の増嵩が続いており、我が国財政の悪化の最大の要因となっている。

    次に、税収については、消費税率の導入・引上げを行ってきたにもかかわらず、平成2年度(1990 年度)と平成 30 年度(2018 年度)の税収はほぼ同水準に留まっている。これは、バブル経済の時期に大きく膨張した土地や株式の譲渡益や利子等に係る所得税収が剥落した要因もあるが、景気対策として所得税や法人税の制度減税を重ねてきた要因も大きい。税制の最も基本的かつ根源的な機能が「公的サービスの財源調達機能」であることを踏まえれば、この時代において、必要な給付(公的サービス)を賄うだけの負担を国民に求める努力が十分になされてきたとは言えない。

    こうした中で、2度にわたって先送りされてきた消費税率引上げが来年 10 月に実施される予定である。今般の社会保障・税一体改革は、消費税収を社会保障財源化することで、負担の先送りに歯止めを掛けることを本旨とする。あわせて、社会保障の充実策を講じ、更に、消費税率引上げによる増収分の使途変更により教育負担の軽減・子育て層支援・介護人材の確保等を行うことを通じて、全世代型社会保障制度の構築を図ることは、受益と負担の断ち切れた糸を紡ぎ直そうとする懸命の努力と位置づけたい。

    地方交付税交付金等については、そもそも地方交付税は、法定率分も含め、地域住民の受益を国民全体で負担する仕組みであり、地域で受益と負担の対応関係が完結しない。特に国の一般会計による補填部分については、その増減自体が社会保障関係費の増加や税収の減少の影響も受けるが、特例公債を財源として負担が将来世代に先送られるため、受益と負担の結びつきは地域どころか世代を超えて断ち切られる。このように地方団体が住民と向き合って自主的・自律的に財源を調達するという理想的な姿から程遠い地方税財政の実情は、地方団体における財政規律を働きにくいものとし、地方の歳出歳入差額の増加圧力を通じて、その財源を補填する国の財政負担に影響をもたらしている。

    言うまでもなく、税財政運営の要諦は、国民の受益と負担の均衡を図ることにある。他方で、誰しも、受け取る便益はできるだけ大きく、被る負担はできるだけ小さくしたいと考えるがゆえに、税財政運営は常に受益の拡大と負担の軽減・先送りを求めるフリーライダーの圧力に晒される。平成という時代は、人口・社会構造が大きく変化する中で、国・地方を通じ、受益と負担の乖離が徒に拡大し、税財政運営がこうした歪んだ圧力に抗いきれなかった時代と評価せざるを得ない。

    より問題を根深くしているのは、財政問題の解決には国民の理解が不可欠であるにもかかわらず、受益と負担の乖離が、国民が財政の問題を自らの問題として受け止めることを困難にし、財政問題の解決をさらに遠のかせてしまっているおそれがあることであり、憂慮に堪えない。

    3.新たな時代を見据えて

    新たな時代においては、財政健全化どころか一段と財政を悪化させてしまった平成という時代における過ちを二度と繰り返すことがあってはならず、手をこまねくことは許されない。

    「経済財政運営と改革の基本方針 2018」(平成 30 年(2018 年)6月15 日閣議決定)(以下、「骨太 2018」という。)で策定された「新経済・財政再生計画」に財政健全化目標として盛り込まれた平成 37 年度(2025年度)の国・地方を合わせたプライマリーバランスの黒字化は、平成に目標年次の後ろ倒しが繰り返された中での背水の陣そのものであり、まずはその確実な達成に向けて取組を進めなければならない。プライマリーバランスがその時点で必要とされる政策的経費をその時点の税収等でどれだけ賄えているかを示す財政指標であることを踏まえれば、現在の世代の受益と負担の乖離に歯止めをかける観点からその黒字化は重要である。それは、債務残高対 GDP 比を安定的に引き下げるための必須の過程である。

    「新経済・財政再生計画」では、社会保障関係費、社会保障関係費以外の一般歳出及び地方の一般財源総額について今後3年間の歳出規律が盛り込まれており、この規律を各年度の予算編成において遵守しながら、受益と負担の乖離に少しでも対処していく努力を積み重ねる必要がある。来年 10 月に予定される消費税率の 10%への引上げは、その観点からも不可欠な取組であり、当審議会としてはその確実な実施を求めたい。

    財政健全化に向けて国民の一層の理解を得ていく取組も重要である。時あたかも「ポスト真実」(世論形成において、客観的真実よりも感情や個人的信条への訴えかけの方が影響力を持つような状況)の時代とされる。しかし、財政健全化の取組に奇策や近道はなく、税財政運営においてこそ、現状や課題を丹念かつ的確に把握し、真に有効な対応策を選択するとともに、効果を検証していく姿勢が求められる。エピソードに基づく政策立案や甘い幻想に陥ることなく、データ等を積極的に利用したエビデンスに基づく政策立案を推進していかねばならない。

    そして、こうしたプロセスや政策を巡る議論の状況を分かりやすく国民に提示していくことが欠かせない。複雑で専門的に過ぎる説明は、国民から財政問題やその解決のための方策を理解する機会を奪いかねない。一部の専門家や関係団体だけで議論が行われることとなれば、財政の議論が民主性を失い、財政健全化に対する国民的コンセンサスを醸成する妨げとなることを肝に銘じなければならない。

    一方で、将来を担う若年層に対する財政・租税教育も充実・強化すべきである。受益と負担の構造、我が国財政の深刻な状況、財政・社会保障制度の持続可能性が国家的課題であること等について、将来を担う若年層が共通の知識として学び、当事者意識を持って捉え、考えてもらうことが重要である。

    政策決定の場において将来の世代の利益を代弁する者がいないということは、これまで必ずしも大きな問題として捉えられてこなかった。しかし、我が国の歴史的な財政状況の悪化は、まさに将来世代の代理人が今必要であることを明らかにしている。当審議会は、現在の世代の納税者の代理人であるとともに、将来世代を負担の先送りによってもたらされる悲劇から守る代理人でありたい。そのため、平成の時代に当審議会が果たしてきた役割、果たしえなかった役割を真摯に見つめ直し、新たな時代を見据え、発信力の強化などを含め、体制や運営の在り方を改革していくことを辞さない覚悟である。

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  2. shinichi Post author

    財政制度等審議会 財政制度分科会
    名簿
    平成 30 年 11 月 20 日現在

    [財政制度等審議会会長兼財政制度分科会長]
      榊原 定征 東レ(株)相談役

    [財政制度分科会長代理]
      増田 寛也 東京大学公共政策大学院客員教授

    [委 員]
      赤井 伸郎 大阪大学大学院国際公共政策研究科教授
      秋山 咲恵 (株)サキコーポレーション代表取締役社長
      遠藤 典子 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授
      倉重 篤郎 (株)毎日新聞社編集局専門編集委員
      黒川 行治 千葉商科大学大学院会計ファイナンス研究科教授
      神津里季生 日本労働組合総連合会会長
      佐藤 主光 一橋大学国際・公共政策大学院教授
      角 和夫 阪急電鉄(株)代表取締役会長
      武田 洋子 (株)三菱総合研究所政策・経済研究センター長 チーフエコノミスト
      竹中 ナミ (社福)プロップ・ステーション理事長
    ○ 土居 丈朗 慶應義塾大学経済学部教授
    ○ 中空 麻奈 BNPパリバ証券(株)投資調査本部長
      永易 克典 (株)三菱UFJ銀行特別顧問
      藤谷 武史 東京大学社会科学研究所准教授
      宮島 香澄 日本テレビ放送網(株)報道局解説委員

    [臨時委員]
      秋池 玲子 ボストンコンサルティンググループ シニア・パートナー&マネージング・ディレクター
      雨宮 正佳 日本銀行副総裁
      伊藤 一郎 旭化成(株)名誉会長
      井堀 利宏 政策研究大学院大学特別教授
      宇南山 卓 一橋大学経済研究所准教授
      老川 祥一 (株)読売新聞グループ本社取締役最高顧問・主筆代理
      大槻 奈那 マネックス証券(株)執行役員チーフアナリスト・名古屋商科大学経済学部教授
      岡本 圀衞 日本生命保険相互会社相談役
      葛西 敬之 東海旅客鉄道(株)代表取締役名誉会長
      加藤 久和 明治大学政治経済学部教授
      喜多 恒雄 (株)日本経済新聞社代表取締役会長
      北尾 早霧 東京大学大学院経済学研究科教授
      小林慶一郎 慶應義塾大学経済学部教授・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
    ○ 小林 毅 (株)産経新聞東京本社取締役
      進藤 孝生 新日鐵住金(株)代表取締役社長
      末澤 豪謙 SMBC日興証券(株)金融経済調査部部長金融財政アナリスト
      十河ひろ美 (株)ハースト婦人画報社ラグジュアリーメディアグループ編集局長兼ヴァンサンカン総編集長兼リシェス編集長
    ○ 田近 栄治 成城大学経済学部特任教授
      田中 弥生 (独)大学改革支援・学位授与機構特任教授
    ○ 冨田 俊基 (株)野村資本市場研究所客員研究員
      冨山 和彦 (株)経営共創基盤代表取締役CEO
      南場 智子 (株)ディー・エヌ・エー代表取締役会長
      神子田章博 日本放送協会解説主幹
      宮武 剛 (一財)日本リハビリテーション振興会理事長
    ○ 吉川 洋 立正大学経済学部教授

    (注1)上記は五十音順。

    (注2)○は起草委員。

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