中屋敷均

ウイルスは、意思を持って行動しているわけではないので、仲間を作ろうとか、他のウイルスと仲良くやろうとか、言ってしまえば、自分を増やしていこうとも思っていない。
ウイルスの全てが病気の元になっているわけではない。ウイルスがあることによって何かしらの役に立っているものもある。

  • 子宮の胎盤形成に必須の遺伝子の一つがウイルス由来。その遺伝子がなければ胎盤は正常には作れない。
  • ヘルペスがいることで他の菌に感染しにくくなっているというように、あるウイルスのおかげで他のウイルスや菌に対して強くなっていることがある。

ウイルスは基本的にエネルギーを作ったりはしない。自身では設計図を持っているだけで、それを誰かに渡して遺伝子産物や子孫を作ってもらっている。自分の製品をより多く作ってくれるところへ潜んでいき、そこで設計図を渡す。だからウイルス自身が何か生産的なことをしているというより、宿主の細胞に働きかけて上手にそのシステムを利用しているイメージだ。
自身を増やす過程で、自分を排除しようとするものから巧妙に逃れる性質がある。この活動があるからこそ、ウイルスは増えていき、その結果、病気を引き起こすことにもつながっている。
自分では動けない、しかし自身を増やすことはできる。何をもって“生きている”と定義するかによるのですが、進化をして、子孫を残すという性質を重視すれば、生きていると考えることもできる。

One thought on “中屋敷均

  1. shinichi Post author

    人間と共生する生き物?可能性未知数のウイルスの正体

    ただの病原体ではないウイルスの本当の姿と活用の可能性を探る

    EMIRA

    https://emira-t.jp/special/7814/

    ことしは早くも9月にインフルエンザA型の流行が確認され、また乳幼児へのRSウイルス感染症のニュースも出た。人口密度の高い都市部では感染スピードも速く、もはやウイルスとは無縁の生活はできない現代。悪者のイメージが強いウイルスだが、実は人体を守り、さらには人の誕生に関わる働きもしているという。そもそもウイルスがどのようなものなのか正確に知っている方はいるだろうか。今回は、植物や糸状菌を材料にした染色体外因子の研究を専門とする神戸大学大学院農学研究科の中屋敷 均教授に、ウイルスとは何なのかを聞いた。

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    ウイルス=病原体とは限らない

    「ウイルスとは、バクテリア(細菌)、菌類、微細藻類、原生動物などとともに、よく“微生物の一種”と思われています。中でもウイルスは、一般的に病原体、つまり“悪いもの”というイメージですね」

    神戸大学大学院農学研究科の中屋敷 均教授がそう話すとおり、「ウイルス」と聞くと、悪いイメージを持つ人が大半だろう。しかし、「病原体」とされる微生物には他にバクテリアや真菌(カビや酵母の総称)などもあり、必ずしもウイルスだけが“悪者”というわけではないという。その理由を知るためには、まずはそもそもウイルスとは何者なのかを理解する必要がある。


    今回話を聞いた神戸大学大学院農学研究科の中屋敷 均教授


    「よく大学の新入生に、大雑把なイメージをつかんでもらうために、真菌はわれわれと同じ多細胞生物、バクテリアはその体の一つの細胞が飛び出して独立して生きているもの、そしてウイルスは、その細胞の中の遺伝子が細胞から飛び出て“独立”したようなもの、と説明しています。もちろん遺伝子だけだと何もできませんから、細胞の中に入ることで初めて活動できるのがウイルスなんですよ。学術的には『ヌクレオキャプシド(nucleocapsid)』と呼ばれていて、遺伝子である核酸(DNAやRNAの総称)をキャプシドと呼ばれるタンパク質の殻が包み込んで粒子を作っているものとされています。つまり、核酸とタンパク質の複合体がウイルスに共通するコアな構造ということになります」

    細胞からは独立した存在だが、宿主の細胞に入ると遺伝子として機能する。侵入した細胞のタンパク質を利用するなどして、活動できるようになるのだという。要するにウイルスは、人間などの細胞を構成している一つのパーツのような存在なのだ。

    ちなみに、テレビなどでは菌のことをウイルスと表現することもあるが、「そこは区別しておきたい」と中屋敷教授は言う。

    「ウイルスがバイ菌の中に含まれて表現されることがあります。しかしウイルスは『菌と呼んでくれるな』と思っているでしょうね」

    ここまで聞くと、ウイルスは人間の体内で次から次へと細胞に侵入し、グループをつくっていくように感じるが、「ウイルスは人間と違って、意思を持って行動しているわけではないので、仲間を作ろうとか、他のウイルスと仲良くやろうとか、言ってしまえが、自分を増やしていこうとも思っていない」のだそう。

    「“増やす”ではなく、正確には環境を与えられたので、“増えられるから増えている”ものだと思います。その中でより増えることができたものが残っていくのですが、まれにウイルス同士で助け合うこともあります。調べてみると、ウイルス集団の中には、しばしば自分だけでは増えることができないものが見つかり、他のウイルスからタンパク質をもらうことで、生きているようです。共助ですね」

    積極的に増殖するのではなく、他人を利用して増えられるなら増えていく。ちゃっかり者のような存在なのかもしれない。

    しかし、「ウイルスの全てが病気の元になっているわけではないのです。いることによって何かしらの役に立っているものもあるんですよ」と教授は続ける。

    現に、われわれの根本であるヒトゲノム(人間の遺伝情報)の45%が、「ウイルス」や「ウイルスのようなもの」で構成されていることが示されている。「ウイルスがいたからこそ人間はここまで進化できた」と中屋敷教授は言うが、そうなると、やはり「=病原体」ではないのかもしれない。

    人体にとってウイルスは善か、悪か?

    とは言うものの、現実問題としてさまざまなウイルスに人間は感染し、病気にかかってしまう。例えば、大腸にはもともとさまざまな大腸菌が存在している。そこに、ウイルスの介在によってコレラ菌から毒素遺伝子が大腸菌に運び込まれることで、人を病気にする腸管出血性大腸菌「O-157」が出現したとのことだ。ここでは完全に“悪役”だ。

    「ウイルスは一般的には病気の元になりますし、それは事実。一方でウイルスがあるからこそ元気でいられることもあるんです。例えば、子宮で子供を育てるという戦略は、哺乳類が繁栄できているキモだと言われています。実は、子宮の胎盤形成に必須の遺伝子の一つがウイルス由来のもので、胎盤の機能を進化させる上で重要な役割を果たしていることが知られています。現在でも、その遺伝子がなければ胎盤は正常には作れません」

    また、ウイルスには他の病原体の感染をブロックしてくれるような存在意義もあるそう。

    「例えばヘルペスのように、それがいることで他の菌に感染しにくくなっている、と報告されているものがあります。あるウイルスのおかげでわれわれの体は他の菌やウイルスに対して強くなる。つまり、ワクチンを打っているようなものかもしれませんね」

    ウイルスは遺伝子として機能するため、ゲノムの中に存在するウイルスは、多様で重要な役割を果たしていることが、次々と分かってきているという。中屋敷教授が、「そもそもわれわれの進化も、そういったウイルスや“ウイルスのようなもの”のおかげで加速されてきた側面があると思います」というように、DNAにウイルスが入ってくることで変革が起こり、それが長いスパンで見ると“進化”の引き金になったとこともあるそうだ。

    ウイルスは生き物なのか?

    このウイルスの“活動”は、あくまで自分から何かを生み出し、消費するのではないという。

    「ウイルスは基本的にエネルギーを作ったりはしません。自身では設計図を持っているだけで、それを誰かに渡して製品(遺伝子産物や子孫)を作ってもらっているような感じです。自分の製品をより多く作ってくれるところへ潜んでいき、そこで設計図を渡す。その動きだけを見ると、結構世渡り上手な感じですね。だからウイルス自身が何か生産的なことをしているというより、宿主の細胞に働きかけて上手にそのシステムを利用しているイメージです」

    そして、自分の子孫をより多く作ってくれるように働きかける過程が、人間の体内では免疫を抑制することにつながっているそうだ。

    「自身を増やす過程で、自分を排除しようとするものから巧妙に逃れる性質があります。この活動があるからこそ、ウイルスは増えていき、その結果、病気を引き起こすことにもつながっているのです」

    これらの活動から考えると、ウイルスはまるで生きているかのようだ。“かの”とあえて付けたのは、ウイルス=生き物かどうか、には賛否両論があるからだ。

    「自分では動けない、しかし自身を増やすことはできる。何をもって“生きている”と定義するかによるのですが、進化をして、子孫を残すという性質を重視すれば、生きていると考えることもできるように思っています」

    人間が長い年月をかけて現在の形になったように、もしかしたら今から10億年後に、現在のウイルスを先祖として進化した“生物”がいるかもしれない。

    ちなみに多くの場合、ウイルスは遺伝子を10個以下、少ない場合は1、2個しか持っていないが、最新の研究では、遺伝子を2500個以上も有する「パンドラウイルス」という巨大ウイルスが見つかったそう。遺伝子数で見れば、小型のバクテリアとほぼ変わらない存在だ。

    「この巨大ウイルスが、遠い未来に意思を持つような生物になるかもしれませんね(笑)。実は、巨大ウイルスを研究していたところ、彼らに“寄生するウイルス” (これは普通サイズ)というのが見つかり、寄生されると巨大ウイルスが病気になることが分かったのです。その後、巨大ウイルスは寄生したウイルスをやっつけるための免疫システムのようなものを持っていることも判明しました」

    つまり彼らは自己、非自己の認識ができて、非自己はやっつけるという仕組みを持っているということ。「巨大ウイルスが持つ“免疫”の仕組みは、バクテリアのシステムに似ている」と中屋敷教授は言う。

    「こういった“生物的な”巨大ウイルスの活動を考えるともう、ウイルスを生き物の仲間に入れてあげてもいいんじゃないかと思いますね」

    この巨大ウイルスのように、「進化」していることが分かると、今後のウイルス研究では、われわれの健康に役立つことも見つかるのではないだろうか?

    「今までウイルスは、それを原因とした病気の発生を通して見つかるという歴史でしたが、次世代シーケンサー(遺伝子の塩基配列を高速に読み出せる装置)と呼ばれる技術の発展により、病気を起こさないウイルスというのが生物界に広く存在していることが明らかになりつつあります。そういったものの中には、病気やストレスに対するワクチンのような効果を持つことが分かったものも少なくありません。ウイルス研究が進めば、これからさらに“共生体としてのウイルス”の良い面がどんどん分かってくるかもしれません。今からのウイルスの研究は、これまでと一味違うものになっていく可能性がありますし、その動きは既に始まっています」

    人間にとっては善でも悪でもあるウイルス。しかしその活動や進化の状況を考えると、善の側面が将来的には広がり、ウイルス=悪いものという存在ではなくなっていくのかもしれない。

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