一部のメディアで話題になっているのですが、「新型コロナウイルスによる感染症に対してBCGワクチンが有効ではないか」という仮説があります。2011年に学術論文として発表されたBCG接種に関する世界地図と現在世界で猛威をふるっているコロナウイルスの感染地図が非常に酷似しているというのです。(「The BCG World Atlas: A Database of Global BCG Vaccination Policies and Practices」Reserch Gate)
その状況を詳しく分析したオーストラリア在住の日本人のブログが世界的な注目を集め、この仮説が広まりました。(「If I were North American/West European/Australian, I would take BCG vaccination now against the novel coronavirus pandemic. March 26, 2020」JSatoNotes)
これらの話をまとめてみると、このような傾向が見られるようです。
① BCG接種を義務付けている国の中で、特にワクチンの種類のうち日本株、ソ連株、ブラジル株というタイプのBCGワクチンを接種している国では感染者、死亡者の数が低い傾向がある
②イタリア、フランス、スペイン、アメリカなど爆発的に感染が広まった国々ではBCG接種が行われていなかったり義務付けられていなかったりした(ないしは義務化が終わった)という共通点がある
③ BCG接種が行われている国でもそれが義務付けられる年以前に生まれた高齢者は感染率も死亡率も高い
最終的にはそのうち1~2種類のワクチンが採用されることになるだろうとビル・ゲイツ氏は述べています。そして工場の建設資金のうち数十億ドル(日本円にして数千億円)はおそらくムダになるだろうと語っています。(「ゲイツ財団、新型コロナのワクチン開発支援に数十億ドル拠出へ」2020年4月6日、THE WALL STREET JOURNAL)
「BCG有効説」眉唾だが懸けてみる価値アリの訳
有効性確認急ぐ中、経済学的に別アプローチも
鈴木 貴博
https://toyokeizai.net/articles/-/342652
一部のメディアで話題になっているのですが、「新型コロナウイルスによる感染症に対してBCGワクチンが有効ではないか」という仮説があります。2011年に学術論文として発表されたBCG接種に関する世界地図と現在世界で猛威をふるっているコロナウイルスの感染地図が非常に酷似しているというのです。(「The BCG World Atlas: A Database of Global BCG Vaccination Policies and Practices」Reserch Gate)
その状況を詳しく分析したオーストラリア在住の日本人のブログが世界的な注目を集め、この仮説が広まりました。(「If I were North American/West European/Australian, I would take BCG vaccination now against the novel coronavirus pandemic. March 26, 2020」JSatoNotes)
これらの話をまとめてみると、このような傾向が見られるようです。
日本ワクチン学会「科学的に確認されていない」
一方でこの件に関して日本ワクチン学会は「効果は科学的に確認されていない」という見解を発表しています。
この話をわたしたちはどのように受け止めればいいのでしょうか。私は医学の専門家ではありませんから、医学における科学的な効果については論じることができません。一方で、私の専門分野は経済学であり、その経済学では統計学を必要とすることから「コロナBCG有効説」についても統計的な考察の箇所については専門的知識から読み取ることができます。そしてどうやらこの話は医学と経済学それぞれの視点で違う対策が見えてくるようです。
日本ワクチン学会が「コロナBCG有効説」について「科学的に確認されていない」という根拠は、西洋医学が因果関係の研究で成り立っていることに関係すると思われます。「コロナBCG有効説」ではコロナが広がっている国や地域、抑え込まれている国や地域とBCG接種状況に高い相関関係がみられることから「何かの関係があるのではないか?」という仮説が提唱されているのですが、今の状況では決して「BCGワクチンが新型コロナに有効かどうか」の因果関係ははっきりしていません。ですから医学的には「確認されていない」という結論に現時点ではなります。これが医学者の視点であり立場であり、当然と言えるでしょう。
さて疫学という医学分野があります。19世紀のロンドンでコレラが流行し十数万人の死者が出たときに「疫学の父」と後に呼ばれるようになったジョン・スノウはコレラの死亡者が多い地域と少ない地域にどういう違いがあるのかを統計的に分析しました。いろいろと調べた中で出てきた有力なデータが「ロンドンにある2つの水道会社のうち、片方の水道会社を利用している家庭ともう片方の水道会社を利用している家庭では1万世帯あたりの死亡者数が8.5倍の有為差がある」というものでした。
そこで(当時はそういう呼び名がなかったかもしれませんが)疫学者のスノウは「とりあえず死亡者数が多いほうの水道の利用をやめよう」と提案し、それを実施した町ではコレラの感染がおさまったといいます。コッホがコレラ菌を発見したのはその30年後で、それまでの30年間はなぜスノウの提案が有効だったのかは誰にも確認できなかった。あとからわかったことは感染者を多く出した水道会社はテムズ川の下水よりも下流から水を採取していたそうで、現在では科学的にもスノウの提案が有効だったことは証明されたわけです。
「たばこが健康に悪い」も疫学者の主張が先
疫学は医学の1分野です。日本疫学会は疫学について以下のように定義し、その役割をホームページで紹介しています。
疫学者は必ずしも厳密な因果関係だけを重視するわけではないようです。たばこの議論がよく引き合いに出されますが、たばこに発がん性があったり、喫煙習慣が心臓疾患を引き起こしたりするといった事実が医学的に証明される以前から、疫学者はたばこが健康に悪いという主張を広め、世界の禁煙政策に強い影響を及ぼしてきたといいます。
仮に将来、BCGワクチンが新型コロナに有効だと判明する可能性があるからといって、新型コロナ予防のためにBCGワクチンを接種しろというのは政策的にみても乱暴な議論でしょう。そもそも一定地域向けに限定されていた生産量のワクチンを、対象地域を広げて広くあまねく人に接種させることになったら、その数が足りなくなることは明白です。しかもその効果は医学的に確認されていない。もし後々、臨床試験で効果がないとわかったらマイナスしか起きないことになります。
新型コロナの場合、有効性が取りざたされている、富士フイルム富山化学が開発した抗インフルエンザ治療薬「アビガン」のような「効くかもしれない」薬が臨床場面で投与されているのは、200万人分を備蓄しているアビガンの使い道がいまのところ他になかったから成立する対策だと思われます。BCGワクチンについて医学的に正しい行動としてはまず有効性を確認すること。その観点でオーストラリアのメルボルンの研究所などが早くもBCGワクチンの有効性を臨床試験によって確認することを表明しています。
ビル・ゲイツ氏が7種類のワクチン工場を建設へ
さて、ここで経済学的にはまた違った解決策が登場します。ビル・ゲイツ氏は自身の財団を通じて新型コロナウイルスへの有効性が期待される7種類のワクチンを製造する工場を建設する計画を4月2日に発表しました。これらの7種類のワクチンの有効性はこれから先の研究で判明することになりますが、今のうちに7つとも量産体制を整えておくというのです。
最終的にはそのうち1~2種類のワクチンが採用されることになるだろうとビル・ゲイツ氏は述べています。そして工場の建設資金のうち数十億ドル(日本円にして数千億円)はおそらくムダになるだろうと語っています。(「ゲイツ財団、新型コロナのワクチン開発支援に数十億ドル拠出へ」2020年4月6日、THE WALL STREET JOURNAL)
彼が表明した7つのワクチンの中にBCGワクチンの日本株が入っているのかどうかはわかりませんが、仮にそれが量産されたとして、後に有効だとわかれば欧米の新型コロナ感染エリアに供給するだけの十分な量が確保できる可能性が生まれるわけです。しかし7つのうち5つはムダになる可能性が高い。これは経済学的に意味があることなのでしょうか。
ビル・ゲイツ氏のアイデアを実行するのはおそらくビル&メリンダ・ゲイツ財団という世界最大の慈善団体になるでしょうから「そこでは採算性を考える必要はない」という考え方もありえます。しかし実はビル・ゲイツ氏はわたしよりもはるかに賢人のようです。
彼が言うのは「仮に数十億ドルの損失がおきても、世界経済が何兆ドルも失われている状況では価値がある」ということです。新型ウイルスとの戦いはおそらく長期戦になる。ビル・ゲイツ氏のワクチン工場計画もワクチン出荷までに18カ月を想定しているそうです。一方で、ウイルスとの戦いは一刻の猶予もない。ゆえに「一刻を稼ぐ計画には、何兆ドルもの価値があるかもしれない」わけで、もしBCGコロナ有効説の可能性が高いと信じるのであれば、ワクチンの生産量増強への先行投資は経済学的には意味があることになるのです。