ウイルスが生物なのか、それとも生物ではないのか、という論争は多くの生物学者の間で繰り返されてきたが、まだ完全には解決されていない謎である。ガンウイルスの研究でノーベル賞を受賞したダルベッコは「ウイルスは生きている細胞内で増殖しているときは生きているといえるが、細胞の外に出ると、もはや生きているとはいえない」と述べている。
ウイルスは人間に害を与えるばかりでなく、バイオの分野では、ＤＮＡを運ぶベクターとして、大いに役立っている。さらに医学の分野では、遺伝子治療という新しい治療にも利用されている。ウイルスの遺伝子の中に、いろいろな遺伝子を組み込んで、遺伝病やガン、さらにはエイズといった難病を治そうというのである。悪役だったウイルスも、科学の進歩によって善玉として活躍の場が与えられはじめたのである。
医学の進歩は、人々を伝染病の恐怖から解放した。その原因はいろいろあるが、何といっても最大の原因は抗生物質の発見である。抗生物質のおかげで、今や肺炎も、赤痢も、結核も怖い病気ではなくなってしまった。人類と病原菌の長い戦いの歴史は、人類の知性の勝利に終わった。
ところが、病原菌も負けてはいなかった。薬剤耐性菌と呼ばれる抗生物質に対する抵抗力を持った病原菌が出現したのである。
DNAかく語りき: 分子生物学入門
by 中原英臣, 小原康治, 佐川峻
ＰＡＲＴ１ ＤＮＡの基礎知識
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５ ウイルス 「カゼからガンまで」多くの伝染病の病原体
こんなに小さなウイルスだから、もちろん人間の目では見えない。それどころか、普通の光学顕微鏡でもウイルスの姿を見ることができない。電子顕微鏡を使うことで、やっと見ることのできるほどウイルスは小さい。構造も単純である。
生命の設計図であるⅮＮＡと、そのⅮＮＡを保護するタンパク質の殻からできている。
普通、ウイルスの遺伝子はⅮＮＡなのだが、最近、問題になっているエイズウイルスの遺伝子はＲＮＡである。エイズウイルスは「逆転写酵素」という酵素を持っていて、ＲＮＡからＤＮＡにコピーすることができる。このＲＮＡからコピーしたＤＮＡは、人間の遺伝子の中に入り込むことができる。こうしてレトロウイルスは、人間の遺伝子と一緒に生活しはじめるというあつかましいウイルスなのである。
こうしたウイルスが生物なのか、それとも生物ではないのか、という論争は多くの生物学者の間で繰り返されてきたが、まだ完全には解決されていない謎である。ガンウイルスの研究でノーベル賞を受賞したダルベッコは「ウイルスは生きている細胞内で増殖しているときは生きているといえるが、細胞の外に出ると、もはや生きているとはいえない」と述べている。
ところで、最近、ウイルスは人間に害を与えるばかりでなく、バイオの分野では、ＤＮＡを運ぶベクターとして、大いに役立っている。さらに医学の分野では、遺伝子治療という新しい治療にも利用されている。ウイルスの遺伝子の中に、いろいろな遺伝子を組み込んで、遺伝病やガン、さらにはエイズといった難病を治そうというのである。悪役だったウイルスも、科学の進歩によって善玉として活躍の場が与えられはじめたのである。
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９ プラスミド 抗生物質の足を引っ張る遺伝子
プラスミドといっても、聞き慣れない人が多いと思われる。プラスミドを一言で説明すると、バクテリアが持っている染色体以外の小さな遺伝子のことで、バクテリアの細胞質の中に存在する。
すべての生物は細胞からできている。細胞の中には染色体があり、遺伝という生物にとって大切な機能を果たしている。この染色体の中に、あらゆる生物の遺伝情報がインプットされている。染色体は生物の設計図なのである。
医学の進歩は、人々を伝染病の恐怖から解放した。その原因はいろいろあるが、何といっても最大の原因は抗生物質の発見である。抗生物質のおかげで、今や肺炎も、赤痢も、結核も怖い病気ではなくなってしまった。人類と病原菌の長い戦いの歴史は、人類の知性の勝利に終わった。
ところが、病原菌も負けてはいなかった。薬剤耐性菌と呼ばれる抗生物質に対する抵抗力を持った病原菌が出現したのである。この薬剤耐性菌の特徴は、抗生物質に対する耐性をコントロールする遺伝子をバクテリアからバクテリアへ伝えられることである。
耐性遺伝子は「線毛」と呼ばれるタンパク質のチューブの中を通って、耐性を持っているバクテリアから耐性を持っていないバクテリアへと移動することができる。しかも、このバクテリアからバクテリアへ移動する薬剤耐性の遺伝子は、一種類の抗生物質に対する耐性遺伝子だけでなく、何種類もの抗生物質に対する耐性遺伝子を同時に移動することができる。