モスク

遠い国の古い街の川沿いの空き地に
壮大な庭の建設が進められていた
設計を終えたばかりの建築家は
実際の建設には興味が持てず
美しいモスクを思い浮かべ
夢想を書き残そうとして
紙の上に線を引き
色を付け加えた

計算しつくされているのに
大胆さは失われず
均整がとれているのに
神聖さが保たれ
洗練されているのに
人間の暖かさを放つ
誰も思いついたことのなかった
実現不可能に思えるデザイン

そのデザインを見た人たちは
ひとり残らず畏怖に襲われた
建築業者はモスクの建設を
王様に願い出るよう促した
裕福な外国人が遠くからやって来て
デザインを高値で買いたいと言った
泥棒はデザインを盗むために
建築家の家の下にトンネルを掘った

建築家は書斎に閉じこもり
三日三晩 熟慮を重ねた
モスクが野蛮人たちに囲まれて
壊されてしまうのを想像した
冒涜され崩壊していく建物は
埃のなかでぼんやりしていた
建築家はデザインを庭に持ち出し
火を付けて焼いた

この話を伝え聞いた王様は
建築家を王宮に呼び出して
私と一緒にモスクを作ろうと
真剣な顔で静かに言った
作ったものはいつかは壊れる
完璧なものでなくてもいい
完成できなくてもいい
モスクを作る夢を見よう

王様は建築家の目をのぞき込み
三年かけて設計してくれと言った
そのあと私が責任を持って
三年かけて作り上げる
出来上がったら二人して
三年かけて美を楽しもう
壊れるようなことがあったなら
三年かけて修復すればいい

建築家は家に帰って考えた
永遠でなくてもいい
完璧でなくてもいい
完成できなくてもいい
なんて素敵な考えだ
なんて素敵な王様だ
そう思ったら
手が自然に動き出した

数千枚におよぶ緻密なデザインが
曲線と直線とを決め
曲面と平面とを決め
光と色とを決め
材料と材質とを決め
作業の準備と手順を決め
業者と職人を決め
検査とメインテナンスのことを決めた

王様はお金を惜しみなく出し
建築家は指示を出し続け
そろそろ出来上がろうかという時に
王様が突然 工事の中止命令を出した
モスクに呼び出された建築家が
恐るおそるやって来る
満面に笑みを浮かべた王様が
建築家を迎え入れる

モスクのなかには
別世界が広がり
数限りない光が
交錯している
静寂が光と影を
際立たせている
王様は微笑み
建築家は涙する

建築家の想像は
裏切られ
モスクは壊されずに
今に伝わる
建築家が涙した
あの日の輝きはないけれど
私たちはそこに足を踏み入れ
建築家に感謝する

王様にも感謝する
壊さなかった人たちにも
守ってきた人たちにも
感謝する
モスクに感謝したあとで
あれっと思う僕がいる
僕は宗教を信じていない
モスクに入る資格がない

入りなさいとモスクが言う
なんでもいい
とにかく入れ
そんなふうに言う
僕は入る
光を感じる
色を感じる
いないはずの神を感じる
いつものように君を感じる

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