活字離れ

人が本を読まなくなった社会では
焚書も発売禁止も必要ない
そもそも 読む人がいないのだから
禁止しても しなくても なんの変わりもない

映像を見ながら音声を聞くほうが
本のなかに並ぶ字を追うよりも面白いのだから
本離れは自然の成り行きで
嘆いても憂いても なにも変わらない

映像と音声に詰まった情報量は
本のなかの情報量の数千倍 いや 数万倍 いや数億倍
本に書かれたことが捏造だといっても
映像や音声の捏造に比べたら子供だましでしかない

編集後の映像や音声のもっともらしさは
現実のもっともらしさを はるかにしのぎ
本のなかの情報が危険だといっても
映像と音声の危険さには及ばない

映像と音声の受け取り方が受動的だったのは
もう昔のこと
今は情報の海のなかから
能動的に映像と音声を選び取る

面白いことが重要になると
面白い内容が選び取られ
哲学はドラマの陰に隠れ
文学はスポーツに負ける

人の好みをAIが検知し
人が見るものをAIが決める
AIが君を知っている
僕の知らない君を知っている

1 thought on “活字離れ

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