倉澤治雄

中国政府は全国民14億人を1秒で特定できる監視システムの構築を進めてきた。都市部を中心に配備されている「天網」と農村部で村民が共同運用する「雪亮」だ。6億2800万台の顔認証機能付き監視カメラが配備され、その数は増え続けている。
中国では身分証明書の携帯が義務付けられており、ベースとなるデータはすでに集約されている。ある専門家は「中国は圧倒的にデータ量が多く、ディープラーニングによる精度向上が容易だ」と語る。
「顔認証」と並んで人々の行動に変化をもたらしつつあるのが「信用スコア」だ。いわば人間の格付けシステムで、SNSでの発信履歴、友人関係、購買履歴、ルール違反や犯罪歴などをもとにポイントが決められる。ポイントが高いと融資やデポジットで優遇措置があり、低いと鉄道や航空機のチケットさえ買えない。
学歴や職業などの「身分特質」、支払い能力の「履行能力」、クレジット履歴などの「信用歴史」、交友関係などの「人脈関係」、消費の嗜好を表す「行為偏好」を独自のアルゴリズムで350点から950点の範囲で点数化する。場合によっては男女の交際や結婚相手の判断にも使われるという。
もともと中国では「信用(誠信)」という概念が希薄だ。ネット通販の黎明期には、偽物や不良品を送り付けられるリスクが高かった。このためアリババの「支付宝(アリペイ)」では、買い手の代金を一時的に保管し、受け取った商品に問題がなければ売り手に代金を渡す「第三者決済サービス」を始めた。これによりネット通販の信用度が上がるとともに、銀行を通さない決済が一気に普及したのである。
中国政府も詐欺や脱税、虚偽報告、不正取引などが、社会全体の信用度と国家の競争力を妨げているとして、「社会信用システム」を構築した。「社会信用システム」の適用範囲は「政務誠信(行政の信頼)」「商務誠信(取引の信頼)」「社会誠信(社会の信頼)」「司法公信(司法の信頼)」を中心として、小売り、製造、交通、医療、観光、スポーツ、環境など、社会全体の活動に及ぶ。
「社会信用システム」には借金踏み倒しなどの情報だけでなく、食品や医薬品の安全性、環境汚染などの情報に加えて、地方政府が保有する行政罰、判決情報、納税・社会保険料情報、交通違反情報などが組み込まれる予定だ。「信用」を失墜すると企業は株の発行、税制優遇措置、融資などが受けられなくなるほか、個人は航空機や高速鉄道に乗れなくなるなどのペナルティーが発生、現実にブラックリストに載った500万人以上が搭乗を拒否されたという。
「社会信用システム」により、身分証や戸籍情報、宗教・民族、学歴・職歴、口座情報、納税・保険情報、顔認証を中心とした生体情報、位置・移動情報、SNSを通じた発信履歴や交友関係、購買履歴、通信履歴、閲覧履歴などが紐づくことになり、欧米メディア・研究者による「超監視社会の出現」という「ディストピア論」の根拠となっている。

3 thoughts on “倉澤治雄

  1. shinichi Post author

    14億の国民を1秒で特定「中国のコロナ監視」のすごい仕組み
    だから「封じ込め」も成功した
    PRESIDENT Online
    倉澤 治雄

    https://president.jp/articles/-/35799

    中国は人口14億人でありながら、新型コロナウイルスの死者数は数千人にとどまっている。それはなぜか。中国のデジタル技術事情に詳しい倉澤治雄氏は「中国は『超監視社会』と呼ばれるシステムを作ってきた。コロナとの戦いでは、有無を言わさぬ統制に加えて、デジタル技術の存在が力を発揮している」という――。

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    すでに1億7600万台の監視カメラを配備済み

    中国政府は現在、全国民14億人を1秒で特定できる監視システムの構築を進めている。都市部を中心に配備されている「天網てんもう」と農村部で村民が共同運用する「雪亮せつりょう」だ。「天網」は英語で「スカイネット」と呼ばれ、2020年には完成予定だ。すでに1億7600万台の顔認証機能付き監視カメラが配備され、2020年までに6億2600万台に増強するという。

    「天網」を構成するのは顔認証機能付きの監視カメラのほか、通信ネットワーク、それにスーパーコンピューターだ。ファーウェイ、ZTEをはじめ、中国の名だたるハイテク企業が参加する。

    中国では身分証明書の携帯が義務付けられており、ベースとなるデータはすでに集約されている。今後5Gの普及が進み、4K8K映像の伝送が汎用化すれば、精度はさらに上がる。

    ある専門家は「中国は圧倒的にデータ量が多く、ディープラーニングによる精度向上が容易だ」と語る。

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    「信用スコア」が低いと航空券のチケットさえ買えない

    「天網」の名は「天網恢恢てんもうかいかい疎にして漏らさず」に由来しており、悪事を見逃さないという中国公安当局の強い意志を表している。

    一方の「雪亮」は農村部の小さなコミュニティーでの監視システムである。自宅にモニターが置かれ、村に見慣れぬ車や人物が入ると通報するシステムだ。日本にかつて存在していた「隣組」のデジタル版と言ってもよい。

    「顔認証」と並んで人々の行動に変化をもたらしつつあるのが「信用スコア」だ。いわば人間の格付けシステムで、SNSでの発信履歴、友人関係、購買履歴、ルール違反や犯罪歴などをもとにポイントが決められる。ポイントが高いと融資やデポジットで優遇措置があり、低いと鉄道や航空機のチケットさえ買えない。

    アリババ・グループが始めた「芝麻ゴマ信用」のシェアが大きく、学歴や職業などの「身分特質」、支払い能力の「履行能力」、クレジット履歴などの「信用歴史」、交友関係などの「人脈関係」、消費の嗜好を表す「行為偏好」を独自のアルゴリズムで350点から950点の範囲で点数化する。場合によっては男女の交際や結婚相手の判断にも使われるという。中国の友人に聞くと普及度や利用度はそれほど高くないが、海外メディアは頻繁に取り上げている。

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    中国で電子決済が一気に普及した背景

    もともと中国では「信用(誠信)」という概念が希薄だ。ネット通販の黎明期には、偽物や不良品を送り付けられるリスクが高かった。このためアリババの「支付宝(アリペイ)」では、買い手の代金を一時的に保管し、受け取った商品に問題がなければ売り手に代金を渡す「第三者決済サービス」を始めた。これによりネット通販の信用度が上がるとともに、銀行を通さない決済が一気に普及したのである。

    クレジットカードの普及が一部の層にとどまったことも、「信用スコア」と電子決済が急速に普及した理由の一つと考えられている。中国でのクレジットカードの保有率は2016年の統計で13.8%である。

    一方、中国政府は詐欺や脱税、虚偽報告、不正取引などが、社会全体の信用度と国家の競争力を妨げているとして、「社会信用システム」の構築に動き始めた。2013年1月、中国国務院は信用情報を活用するための「征信業管理条例」を発表、2014年には「社会信用体系建設計画綱要」を策定して、2020年までに信用システムを構築することを決定した。

    「社会信用システム」の適用範囲は「政務誠信(行政の信頼)」「商務誠信(取引の信頼)」「社会誠信(社会の信頼)」「司法公信(司法の信頼)」を中心として、小売り、製造、交通、医療、観光、スポーツ、環境など、社会全体の活動に及ぶ。

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    SNSの発信履歴から交友関係まで紐付けるシステム

    中国人民銀行は2015年1月、「芝麻信用」を含む8社に、個人信用ビジネスへの準備を促進する通知を発表したが、狙いはこの8社から政府の「社会信用システム」を担う企業が出現することだった。しかし金融取引、税、犯罪などにかかわる企業や個人の情報が含まれることから、公平性を担保できないなどの理由で、これら8社に機能を担わせることを断念、8社と中国互聯網金融協会が出資する「百行征信バイハンクレジット」に対して信用情報業務の免許を発行した。

    政府の「社会信用システム」には借金踏み倒しなどの情報だけでなく、食品や医薬品の安全性、環境汚染などの情報に加えて、地方政府が保有する行政罰、判決情報、納税・社会保険料情報、交通違反情報などが組み込まれる予定だ。「信用」を失墜すると企業は株の発行、税制優遇措置、融資などが受けられなくなるほか、個人は航空機や高速鉄道に乗れなくなるなどのペナルティーが発生、現実にブラックリストに載った500万人以上が搭乗を拒否されたという。

    「社会信用システム」により、身分証や戸籍情報、宗教・民族、学歴・職歴、口座情報、納税・保険情報、顔認証を中心とした生体情報、位置・移動情報、SNSを通じた発信履歴や交友関係、購買履歴、通信履歴、閲覧履歴などが紐づくことになり、欧米メディア・研究者による「超監視社会の出現」という「ディストピア論」の根拠となっている。

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  2. shinichi Post author

    中国の「社会信用システム」をディストピアだと語るのは誤りだ:“SF的神話”はこうして欧米に拡まった

    TEXT BY LOUISE MATSAKIS
    TRANSLATION BY YUI NAKAMURA/LIBER

    https://wired.jp/membership/2019/11/18/china-social-credit-score-system/

    中国の「社会信用システム」と聞けば、政府がテクノロジーを利用して四六時中、国民の行動を監視し、信頼度をスコア化して管理するディストピアを思い浮かべる人も多いだろう。しかし、それは「起こっていること」よりも「起こりうること」に焦点が当てられ、次第にひとり歩きを始めた“SF的神話”であり、現実とはかい離しているという。言語や法制度の壁によって浸透してしまった誤解を正そうとする動きを『WIRED』US版のライターが紹介する。

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    2018年10月、ワシントンD.C.に本拠を置く保守系シンクタンクであるハドソン研究所をマイク・ペンス米副大統領が訪れ、米中関係を包括的に扱う演説を行なった。艶やかな青いネクタイを締め真っすぐに立ったペンス副大統領は微動だにせず、中国共産党が米国の政治に干渉するとともに、中国のビジネスを利用し、「ありとあらゆる手段を講じて」米国の知的財産を盗んでいると非難した。その後、話題は中国による人権侵害問題に移ったが、副大統領が最初に取り上げたのは、宗教的マイノリティへの弾圧ではなく、ある奇妙な政府主導プロジェクト──社会信用(social credit)プロジェクトだった。

    「中国の支配者層は、2020年までには社会信用スコアを基に国民の生活の事実上すべての側面をコントロールするという、まるでオーウェルの作品を思わせるシステムを実行に移そうとしています」と、ペンスは語った。「公式な青写真の表現を借りると、このプログラムが実行された暁には『信用に足る人はどこでも自由に動き回れるようになり、信用できない人は足を一歩踏み出すことさえ難しくなる』と言います」

    このときの副大統領の演説には、過去数年間の欧米メディアによる報道姿勢がそのまま反映されていた。欧米のメディアは、まさにNetfixドラマ「ブラック・ミラー」を現実にしたかのような、ディストピア的悪夢として「社会信用システム」について描いてきたのだ。

    紙媒体でも放送でも、中国の中央政府が「先進的なアルゴリズム」を使い、国民のソーシャルメディアでのつながり、購入履歴、位置データといった情報を収集し、その人物がどれだけの自由や権利を享受できるかを決めるひとつの数値を算出すると報じてきた。中国政府が、顔認識機能を備えた何百もの監視カメラからの映像をリアルタイムでチェックし、国民が「信号のない場所で道路を渡る」「ゲームを長時間プレイする」といった行為をするたびに点数を差し引く、そんなことが可能だというのが前提とされていたのである。

    しかし、少なくともいまの時点ではまだ、「強い影響力をもつひとつのスコア」が個人に割り当てられているわけではない。ペンスの言う「公式な青写真」とは、5年前に中国中央政府が発表した計画書だが、そこには、全市民、全企業、全官僚の信用度を追跡するための全国的なスキームをつくる必要があると綴られていた。中国政府と中国国営メディアは、このプロジェクトの目的は国民の信頼度を高め、汚職や詐欺をなくすことにあると主張している。一方、欧米の識者の多くは、この「社会信用システム」を、国民のプライヴァシーを侵害し、反体制派を罰するためのお仕着せの監視装置とみなしている。

    中国政府が自ら社会信用システムに関する法律・規制を整備する期限に設定した2020年が間近に迫っているが、中国の法律研究者によると、このシステムはまだ、欧米人が想像するような「最新式の“ビッグ・ブラザー”型装置」にはほど遠いという。「中国の社会信用システムについて知っている人の割合は、中国よりむしろ米国のほうが多いと思います」と語るのは、北京のイェール大学ポール・ツァイ記念中国センターのシニア・リサーチャー、ジェレミー・ダウムだ。現状では地方におけるパイロット版や実験的プロジェクトの“寄せ集め”にすぎず、国家規模になったときにどのようなかたちになるのかは、まだほとんど示されていないのである。

    だからといって、社会信用システムに関する不安のすべてが根拠のないものというわけではない。中国政府はすでに、新たなテクノロジーを利用したゾッとするような手段で国民をコントロールしている。インターネットは厳しく検閲されており、個人の携帯電話の番号とオンラインでの行動は、固有のID番号で本名にひも付けられている。また、市民の追跡・監視に使用する際の制限がほとんどないままに、顔認証テクノロジーの利用も拡大している。最もひどい弾圧が行なわれているのが、中国西部の新疆だ。複数の人権擁護団体やジャーナリストの報告によると、中国政府はこの地域において、何百万人というほとんど前例のない規模でムスリムの少数民族ウイグル族を拘束・監視しているという。

    しかし欧米では、中国の社会信用システムによって「何が起こりうるか」ばかりが取り上げられ、「いま実際に何が起こっているか」についての議論がおろそかになってしまっている。このシステムに対する非難も、たいていの場合は「遠い未来に起こりうる最悪のシナリオ」を基にしているため、いま実施されているプロジェクトの本当の問題点が小さく見積もられているのだ。

    また、中国のプロジェクトばかり大きく扱いすぎると、世界のほかの場所で行なわれている監視活動を見逃すことにもなりかねない。「中国はある種のスペクトルの端に位置するとみなされがちなので、論点がずれてしまうのかもしれません」と、ダウムは指摘する。「みんなの頭のなかにある“社会信用システム”ほどひどくなければ、なんとか許容できるということになってしまうのです──少なくとも中国よりはマシだから、と」

    このテーマを欧米に紹介した組織のひとつは、意外にも、中国では活動をしていない米国自由人権協会(American Civil Liberties Union:ACLU)だった。同協会の言論・プライヴァシー・テクノロジープロジェクト担当のポリシーアナリストであるジェイ・スタンリーは、市民の自由に対する新たな脅威についてのブログ記事を担当している。15年10月5日、スタンリーは「中国のおぞましい“国民スコア(Citizen Score)”は、米国の国民に対する警告だ」と題する記事を投稿した。これは、このテーマについての初期の報道を象徴する記事と言える。当時の記事はいずれも、現場での取材ではなく、伝言ゲームのように伝わったまた聞きの情報を基にしていたのである。スタンリーの記事は、「Privacy News Online」に掲載されていた記事を主なソースにしていたが、その記事もスウェーデンのウェブサイトに投稿された別の記事をもとにしていた。

    この件についてスタンリーは、自分は米国への教訓として中国のプログラムを取り上げたのだと説明する。「暗い未来を指し示しているように見えたのです」と、スタンリーは言う。「端的に言うと、米国で実際に起こっている出来事との類似点や兆候がいろいろ見られました」。その一例が、デジタルプロファイリング[編注 ある人がオンラインに残したさまざまな情報を集めてその人物のプロフィールをつくり出すこと]だろう。中国で生まれつつあるシステムを利用して欧米におけるプライヴァシーと監視の問題に対する注意を喚起しようとしたのは、ACLUだけではない。ニュースサイト「The Verge」のライター、ケイシー・ニュートンは人気のニュースレターのなかでこう指摘している。「周囲を見てみると、米国でも社会信用システムがどんどん出来上がっていると感じる。しかも、中国とさほど変わらぬシステムが──」。『ジ・アトランティック』にも昨年、このようなタイトルの記事が掲載された。「中国のディストピア的テクノロジーには拡大の恐れも」

    中国の社会信用スコアを巡るSF的神話は数多くのジャーナリストや研究者たちによって正されんとしてきたが、欧米ではいまだに生き残っている。「いまでは間違いだとわかっていることも、すでにあまりにもあちこちで書き立てられていたため、いまや独自の命をもってしまっているかのようです」と指摘するのは、カリフォルニア大学バークレー校の博士課程で中国の社会信用システムを研究するシャジダ・アハメドだ。「14年、15年に書かれた、いまでは誤りだとはっきりしていると思われる記事が、いまだに引用されているのです」

    ただ、そうなるのも無理はない。まず何よりも、言葉の壁がある。「社会信用」はsocial creditと訳されるが、ダウムによると両者はニュアンスが異なるという。英語話者は「social」と「credit」という単語の組み合わせを見ると「人間対人間」の関係を表すとみなすが、中国における「社会信用」という言葉はむしろ、英語の「public trust(社会的な信認)」に近い。さらに、難解な法律文書を解読するというハードルもある。「言語の問題は非常に大きいと思います」とダウムは言う。「法律用語、政治用語を読み解かなければならないという点でも、英語と中国語の違いがあるという点でもです」

    社会信用に関する計画が最初に発表されたのは14年だが、計画そのものが非常に曖昧かつ包括的で、「最終的にどこまで含まれるのか」がはっきりしていなかったという問題もある。「中央政府や地方自治体がそれぞれ独自のアプローチをとる、というやり方を想定していたのでしょう」と、中国海洋大学法政学院の副院長で社会信用システムを研究するダイ・シン(戴昕)は語る。「さまざまな人がそれぞれ異なるプログラムをまとめようとしている、大規模で混沌とした状況です」

    初期のころには、政府が民間のテック企業の算出する信用スコアを利用しようとしていたこともある。アント・フィナンシャルの芝麻信用(セサミ・クレジット)プログラムもその一例だ。15年、中国政府は超巨大企業アリババグループの関連企業、アント・フィナンシャルなど8社に対し、個人信用評価システムの開発実験を公式に行なうことを認めた。セサミ・クレジットプログラムでは、金融取引に関するデータだけではなく、ソーシャルメディアでのつながりや、買い物の傾向などもスコアに計上される。この点は欧米で大きな注目を集め、『WIRED』US版のカヴァーストーリーにもなった。

    しかし17年になると、中国政府は「利害が衝突する恐れがある」として、いずれの試験的プロジェクトも政府公認の個人信用評価システムとして採用することはないと決めた。だが最初のうちは、これらのプログラムがどこまで政府の試みと関係しているのか、中国で暮らす人々にさえよくわからなかったという。「当時は──おそらくいまも──中国の国民のなかには、それぞれのプロジェクトに違いがあるということさえわかっていない人が大勢いると思います」とアハマドは言う。「なにしろ最初のうち、セサミ・クレジットは社会信用システム全体に貢献していると謳っていましたからね」

    現在、セサミ・クレジットのようなプログラムは、ロイヤリティの高い人へのインセンティヴ機能を果たしている。スコアの高い人は自転車を借りる際のデポジットが不要になったり、医療費の支払い期限を延長してもらえたりするが、このスコアは法律システムの一部ではなく、参加は強制ではない。

    また、中国国内の数十の都市が独自の社会信用プログラムを試験的に取り入れたことは、欧米で特に注目を集めた。そのなかには、実際に個人に対してスコアを与えるものもあった。ただし、これらのイニシアティヴのほとんどは大規模監視システムや強力なAIを使っているわけではなく、存在にすら気づいていない市民も多かった。プログラムごとに大きく異なるため、すべてを一般化して語るのは難しい。なかにはブロックチェーンのテクノロジーを採用しているものまである。いまの時点では、いつ国家レベルで使われるのか(そもそも使われる可能性があればの話だが)はわからない。

    北京からおよそ800kmに位置する栄成市は、住民に対して社会信用スコアを与えた地域のひとつだ。ダウム訳によるプロジェクト概要をまとめた政策文書によると、扱う範囲は比較的限られている。既存の法律、規則、契約を破らない限り、スコアが下がることはない。「優れた信用」を維持するためには、すでにあるルールを守るだけでいいのだ。また、ハイスコアを維持した場合のメリットも「健康診断が無料になる」「無利子ローンを申し込める」など控えめだ。「プログラムが各地でバラバラに試行されているのを見れば、自治体ごとにリソースが異なるのもわかっていただけると思います」と、カリフォルニア大学のアハメドは言う。「小さな町では、特典もささやかになります」

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  3. shinichi Post author

    本当はネガティブじゃない、監視社会・中国のリアル
    神田桂一
    AMP
    https://ampmedia.jp/2020/03/08/surveillance-society-in-china/

    共産党一党独裁ならではのスピードでテクノロジーによるハイテク監視社会化を推し進めている中国。監視社会化というと、どうしても私たちは、ジョージ・オーウェルが描いたディストピア小説『1984』のような、ネガティブな印象を持ちがちだ。だが、梶谷懐さんとの共著『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)を上梓した高口康太氏は、少し違った現状認識を持っている。本当の内情はどうなのか。詳しく話を訊いた。

    **

    名前や行動、すべてが監視される中国の“今”

    中国では高速鉄道や長距離バスに乗るのにも身分証の提示が必要。街中のいたるところに監視カメラが設置され、その数は2億台にものぼるという。

    ほぼあらゆるスマートフォンアプリには電話番号による実名認証が必要で、身分証やパスポートと紐付けられているため、中国政府が問題視する発言があった場合、すぐに身元が特定されてしまう。それでも不満を口にする中国人は少ないと高口氏は語る。

    「わかりやすい例でいうと決済です。現金には匿名性があるため、今手元にあるお札がどういう来歴があるのかわかりませんし、支払った瞬間に自分との関係が断ち切れます。ところがキャッシュレス決済では誰が支払ったという記録が残されます。中国の都市部では現金をほぼ使わなくなった人もいます。もし、中国政府が望めば、そういう人々の行動は一挙手一投足まで把握できるわけです」

    急ピッチでデジタル監視社会へと向かう中国で、注目を集めているのが社会信用システム。信用に関する各種の記録を統合するものと報じられている。

    ここで誤解を招きやすいのが、中国での社会信用システムは士業の懲戒制度や個人融資に関する与信審査、法令違反企業の懲戒などに関する一連の制度。高口氏曰く、先進国の制度をキャッチアップする狙いがあるのだ。

    「中国では1980年から改革開放が始まり、市場経済の導入が始まりましたが、そのための法律や制度が不足していたことが課題でした。先進国並の制度が必要だとして2000年代初頭から制度整備が始まり、先進国のような制度をというかけ声で始まりましたが、デジタルを取り入れたことで随分変わりました。

    たとえば日本では破産者は官報に掲載されますが、中国では債務不履行で掲載される失信非執行人リストはデータベース形式で公示され、名前や身分証番号などで簡単に検索可能できます。またサードパーティーのサービスやアプリへの転用も簡単ですし、一般的に行われています。日本では破産者情報を地図で確認できる破産者マップが批判されて公開中止となりましたが、中国では同様のサービスが普通にあるのです」

    2018年1月に設立された「百行征信」(バイハンクレジット)。中国政府系団体と8社の民間会社から成る団体であり、保険料の未納、賠償金の未払いなど社会的不正を行った人をブラックリスト化する。

    技術が豊かになるほど、曖昧になるプライバシーの境界線

    さらに個人の信用を点数にして表示するスコアリングサービスも広がっている。日本では、自身の行動が監視され、国家による都合のいい道徳が強制されるのでは?という懸念があるとも報道がされている。

    「モバイル決済アプリのアリペイに付随するスコアリングサービス、セサミクレジットが有名です。ネットショッピングやウェブサービスの利用履歴、さらには学歴や交友関係、資産などの情報をAI(人工知能)が分析し、個人の信用を点数化するサービスです。点数に応じて、アリペイの支払いを分割払いにする限度額が上がったり、シェアサイクルやシェアモバイルバッテリーの保証金が無料になるといった特典が得られます。」

    「AIが個人を格付けするなんてディストピアもいいところだと批判されてきたわけですが、次のように考えてみるとシンプルに理解できます。アリペイはデビッドカード、つまり物を買ったらすぐに銀行口座から引き落とされます。セサミクレジットに加入すると、翌月払いや分割払いといったクレジットカード的な機能を使うことができる。いろんな特典がついてくるのもクレジットカードと同じです。クレジットカードの審査は収入とクレジットヒストリー(融資と返済の履歴)をもとにしており、セサミクレジットはネットショッピングなどのデータを使用するという違いがありますが」

    クレジットカードは一般のカードからブラックカード、プラチナカードと種類があるように、アップグレードには申請が必要だ。しかし、セサミクレジットは申請不要で毎月の信用の変化を計算し、ユーザーの目に見えるようにしてくれている。クレジットカードはユーザーの目に見えないところで信用を計算しているが、セサミクレジットはユーザーに分かるようにしているという違いがあると彼は述べる。

    「それだけの違いといってしまえばそれまでですが、この差が大きい。より上の特典を目指して、人々が悪さをしないよう、つまり分割払いの返済を遅らせたり、ネットサービスの不正利用をしたりということをやめるように誘導する効果があるわけです」

    しかし広範なデータを収集している以上、プライバシーをすべて売り渡しているようにも見える。中国人はプライバシーの流出を気にしていないのだろうか?

    「誰だって個人情報を他者に提供するのには抵抗があるでしょう。ただ中国では個人情報を提供し、その代価として便利なサービスを使うという仕組みが普及しているので慣れているということは言えます。また個人情報を企業に提供しても、実際になにか不利益があるかというと、基本的にはないわけですよ。我々がグーグルやフェイスブックを使って、なにか目に見えるような悪影響があるかという話と一緒です。もし大きな実害が出るような状況になれば中国人も反発するでしょうし、中国政府も規制に向かうでしょう。プライバシーとデータ活用のバランスについては、日本も米国も欧州も、そして中国も今、落としどころを探っている段階です。その中でも中国は実際にサービスを動かしながらトライ&エラーで着地点を探っているという意味で、リードしていると言えるでしょう」

    結果として便利な生活に、中国が目指す新たな監視国家

    「データの世紀」と言われるようになった。今後、個人情報はさまざまな形で利用される流れが続くのだろう。しかしその流れの先にあるのは監視社会ではないのだろうか? 中国の人々は監視社会化が進む自国をどう思っているのだろうか?

    「『1984』の世界では、人々は辛い生活を送っているわけです。自分が監視され、なにかあれば逮捕されることを知っておびえている。ストレスフルです。これが我々の想像する監視社会ですよね。ところが今の中国では監視におびえている人はごく少数です。街中に監視カメラがありますが、慣れると気にならなくなる。デジタル化によりさまざまな情報が記録されていますが、だからといってなにか不利益があるわけではない。どちらかといえば、さまざまなデジタルサービスで日常生活はどんどん便利になっている。

    つまり、ほとんどの人にとってストレスを感じさせない監視社会なのです。専制国家では少数の支配者だけが幸せで、平民はみな苦しんでいる。そんなイメージが強いかと思いますが、反政府の活動家、ウイグル族やチベット族などの少数民族といった少数だけが行きづらく大多数の人々にとっては苦痛がない社会。こうした新しい監視国家、専制社会をどうとらえるべきか。隣国としてどう付き合うべきか。それが今、私たちに問われている課題です」

    この中国モデルが成功してしまった場合、民主主義国家・日本のアイデンティティが揺らぐ可能性がある。これは日本にとっても他人事ではないのだ。

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