賀茂美則

「日本は二重国籍を認めていない」とはよく聞く言葉だが、実はこれ、100%正しいとは言えない。米国やカナダなど、その国で生まれれば例外なく国籍を与えられる「国籍出生地主義」をとる国で生まれた日本人に対して、日本政府は二重国籍を事実上容認している。多くの人が誤解しているが、22歳(2022年4月からは20歳)になったらどちらかの国籍を選択する義務がある、というのは建前で、私の知る限り、大多数は選択していない。その場合も、日本政府は日本国籍を選択したとみなし、もう一つの国籍は「放棄しようと努力している」と解釈する。これでは、二重国籍を容認していると言われても仕方がないだろう。最近ではテニスの大坂なおみ、しばらく前には歌手の宇多田ヒカルの国籍選択が話題になったが、全世界では何万、何十万人の「合法的に外国の国籍を持つ日本人」が存在するのだ。
日本政府が、「出生による多重国籍」を認めているのは「自分で選択したわけではないから」であり、外国人と結婚してその国に住む場合、国籍が自動的に与えられるようなケースも、「自分の意思ではない」ので、二重国籍が認められる。
問題は「自分の意思で」外国籍を取得した日本人である。法律によれば、その時点で日本国籍は失われ、当該人物は日本政府に「国籍離脱届」を提出しなければならない。この届けを提出せずに、日本のパスポートを使用すれば「旅券法違反」となる。

One thought on “賀茂美則

  1. shinichi Post author

    「祖国に帰れない!」新型コロナが浮き彫りにした「在外日本人」の国籍問題

    by 賀茂美則

    https://www.jiji.com/jc/v4?id=202108cuzn0001

    「日本政府は二重国籍を認めていない」は本当か?

     新型コロナウイルスが世界中を席巻し、各方面で影響を及ぼしている。医療崩壊の危機はもちろんだが、経済活動の停滞や格差、各国の財政状況など、経済的な側面、先日の横浜市長選で見られたような政治的な影響、そしてもちろん、五輪・パラリンピックへの影響が主なものであろうか。

     ここでは、新型コロナとは一見無関係と思える、「二重国籍容認問題」について書いてみたい。

     「日本は二重国籍を認めていない」とはよく聞く言葉だが、実はこれ、100%正しいとは言えない。米国やカナダなど、その国で生まれれば例外なく国籍を与えられる「国籍出生地主義」をとる国で生まれた日本人に対して、日本政府は二重国籍を事実上容認している。多くの人が誤解しているが、22歳(2022年4月からは20歳)になったらどちらかの国籍を選択する義務がある、というのは建前で、私の知る限り、大多数は選択していない。その場合も、日本政府は日本国籍を選択したとみなし、もう一つの国籍は「放棄しようと努力している」と解釈する。これでは、二重国籍を容認していると言われても仕方がないだろう。最近ではテニスの大坂なおみ、しばらく前には歌手の宇多田ヒカルの国籍選択が話題になったが、全世界では何万、何十万人の「合法的に外国の国籍を持つ日本人」が存在するのだ。

     日本政府が、「出生による多重国籍」を認めているのは「自分で選択したわけではないから」であり、外国人と結婚してその国に住む場合、国籍が自動的に与えられるようなケースも、「自分の意思ではない」ので、二重国籍が認められる。

     問題は「自分の意思で」外国籍を取得した日本人である。法律によれば、その時点で日本国籍は失われ、当該人物は日本政府に「国籍離脱届」を提出しなければならない。この届けを提出せずに、日本のパスポートを使用すれば「旅券法違反」となる。 国籍喪失は日本人としてのアイデンティティーの喪失と密接に繋がっているため、筆者を含めた数多くの日本人が日本国籍離脱を嫌がり、外国籍を取得するのをためらっている。

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    「元日本人」は外国人なので日本に入国できないって本当?

     さて、ここで登場するのが新型コロナである。発生直後の20年2月、日本政府は、特段の事情がない場合、特定の地域から「外国人」の入国を認めない決定をした。「特定の地域」はコロナの流行とともにどんどん広がり、21年6月までにほぼ全世界に及び、159カ国・地域が対象になった。

     困ったのは外国籍を取得した「元日本人」たちだ。親や近親者が、命にかかわる病気にかかった場合も日本に「帰国」できないし、親の死に目にも会えないのだ。外国の国籍を取得して日本国籍を喪失した時、よもや日本に入国できない事態が来るとは想像していなかったに違いない。

     在米27年、ボストン在住のAさんは米国人の男性と結婚し、主には米国で投票権を行使したい、という理由でここ何年か、米国籍取得を考えていた。

     ここでやはり問題となったのは「米国籍取得=日本国籍喪失」という日本の法律である。迷っているまさにその時、新型コロナが世界中を席巻し、「米国人」は基本的に日本に入国できなくなってしまった。日米を股にかけて仕事をしているAさんにとっては、米国籍を取得すると日常業務に差し障るし、高齢の母親が病気になっても日本には入国できない。当然のことながら、米国籍取得は宙に浮いたままだ。

     一方で、オハイオ州在住のBさんは在米21年を経て、3年前に米国籍を取得した。日本に住む高齢の両親は「老々介護」の状態だが、入国できないので、この夏の一時帰国を諦めたという。日本国籍を持たなくても通常であれば3カ月以内はビザなしで帰国できるし、3カ月以上の滞在でもビザは比較的簡単に取得できると聞いていた。3年前、こんな状況になるとは予想できなかった、と落胆している。

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    外国籍を取得すると「日本国の利益又は公安を害する」というけれど

     ちなみに、外国籍を取得した「元日本人」が祖国である日本に入国できない理由がふるっている。法務省が発表している「新型コロナウイルス感染症の拡大防止に係る上陸拒否について」によると、上陸の申請日前14日以内に対象地域(ほぼ世界中)に滞在した外国人は、下に引用する出入国管理及び難民認定法(「入管法」)第5条第1項第14号に該当する。

     「*出入国管理及び難民認定法(上陸の拒否)

    第五条 次の各号のいずれかに該当する外国人は、本邦に上陸することができない。

     一~十三(略)

     十四 前各号に掲げる者を除くほか、法務大臣において日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」

     つまり、「海外から新型コロナウイルスを持ち込む可能性」は「日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由」と解釈され、「外国籍を取得した元日本人」は「日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがある」と見なされるのだ。法律的な整合性のためとは言え、あまりにもひどい言い方ではなかろうか?

     さらには、「特段の事情」がある場合は外国人でも入国が認められ、「日本人・永住者の配偶者又は子」などはこれに該当するが、「元日本人」に関する記述はない。

     また、「特段の事情」の最後に来るのが、「公益性がある場合」で、「東京オリンピック・パラリンピック競技大会に出場する選手及び大会関係者」とはっきり書かれている。公益性と並び、「特に人道上配慮すべき事情があるとき」とも書かれているが、病気の肉親を見舞う・看取(みと)ることがこれに該当するかどうかは個別の事例として判断されるようだ(法務省のホームページからは確認できない)。

     よくよく考えれば、外国籍を取得して日本国籍を喪失した場合、この2国が交戦状態になれば、その国出身の配偶者を亡くして帰国を望んでも、日本に入国できなくなる可能性がある。新型コロナは戦争ではないが、国家間の人の移動を禁止するという非常時の状況を惹起(じゃっき)することになったのだ。

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    コロナと「隠れ二重国籍者」

     さて、筆者を含め、外国籍を取得し、日本国籍を喪失するのをためらっている人たちは、今回の日本政府の「外国人」への対応を見て、Aさん同様それまで以上に躊躇(ちゅうちょ)するようになった。外国籍を取ったばかりに日本国籍を剥奪され、親の死に目に会えないなどという状況には誰も陥りたくないからだ。居住している国の国籍がないと、税金や選挙権などで困ることはたくさんある。日本の国籍を保持したければ、在留邦人はそうした不利を甘受しなければならない、ということにもなる。

     また、褒められたことではないが、外国籍を取得後、日本国籍を放棄しない、「隠れ二重国籍者」が数多くいる。この人たちは、日本のパスポートを持っていても、旅券法違反になることを恐れ、日本入国時には外国(自分の国籍がある米国やカナダ)のパスポートで入ることが多い。ところが、新型コロナの影響で日本に入国できるのは日本のパスポートを持つ人だけになったので、入国したければ日本のものを使わざるを得ない。その場合、出国時に米国のパスポートを見せると「一体いつ入国したのか」と不審がられ、入国時と同じように日本のパスポートを見せると、今度は米国滞在ビザがないことが分かってしまうかもしれない。新型コロナは、図らずも旅券法の厳格な運用に寄与する形になっているのだ。

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    「国籍法11条改正運動」と新型コロナ

     一方、国籍法を改正し、日本政府が外国籍を取得した日本人の国籍を剥奪しないように求める運動も起きている。国籍法第11条は「日本国民は、自己の志望によって外国の国籍を取得したときは、日本の国籍を失う。2 外国の国籍を有する日本国民は、その外国の法令によりその国の国籍を選択したときは、日本の国籍を失う」と規定しているが、法律的にはそれを撤廃するだけで済む。そもそも同法11条第1項は、国籍離脱の自由を保障する憲法22条2項、および自己決定権・幸福追求権などを保障する憲法13条に違反している可能性があり、この点をめぐる裁判も現在行われている。

     外国籍を取得するのは自分の勝手なのだから、日本の国籍と両方持ちたいというのはわがままだ、という意見がある。確かにそうかもしれない。ただし、一個人は一つしか国籍を持てない、というのは、すでに「世界標準」ではない。移民や国際結婚の増加、冷戦の終結に伴う国際的な交流拡大などにより、外国籍の取得後も従来の国籍保有を認める国の割合は増え、20年には76%に達している。日本は、残った24%の1国にすぎないのだ。

     税金や選挙権や仕事など、さまざまな理由で外国籍を取得した日本人が日本国籍を引き続き保持できるように法律を改正しても、誰も困らないし、国益に反することもない(ただし、政治家は別。利益相反の可能性があるので、諸外国でも、政治家に二重国籍は認めていない)。上記のように、長年にわたる国籍法の弾力的な運用の結果、二重国籍を持つ日本人は何万、何十万人といるのだから。

     新型コロナがあぶり出した問題は多々あるが、まさか二重国籍容認と関連するとは誰も思わなかったに違いない。しかしながら、海外在住の(元)日本人にとっては切実な問題なのである。

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