高口康太

殺富済貧」(金持ちを殺して貧民を救う)が始まったのか? 中国の富裕層に恐怖が広がっている。
習近平総書記は、8月17日に開催された中国共産党中央財経員会第10回会議で、「共同富裕」を新たなテーマとして打ち出した。特に注目されているキーワードが「三次分配」だ。市場経済による一次分配で生まれた格差を、税や社会福祉による再分配(二次分配)で是正する……というのは一般的な理論だが、なんとその先に三次分配という聞き慣れぬ手法があるという。

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  1. shinichi Post author

    中国で波紋呼ぶ「共同富裕」 富裕層叩きだけではない習近平の“狙い”

    by 高口康太

    https://www.news-postseven.com/archives/20210902_1688021.html?DETAIL

     習近平国家主席が突如打ち出した「共同富裕」が中国で波紋を広げている。「富裕層叩き」とも言える政策に恐れをなした企業が、既に財産を自発的に寄付するなどの動きを見せているが、中国の経済、社会に詳しいジャーナリストの高口康太さんは、「格差是正だけではない別の狙いがある」と話す。習近平政権はなぜ今、富裕層への締め付けに乗り出したのか、高口さんが解説する。

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    「殺富済貧」(金持ちを殺して貧民を救う)が始まったのか? 中国の富裕層に恐怖が広がっている。

     習近平総書記は、8月17日に開催された中国共産党中央財経員会第10回会議で、「共同富裕」を新たなテーマとして打ち出した。特に注目されているキーワードが「三次分配」だ。市場経済による一次分配で生まれた格差を、税や社会福祉による再分配(二次分配)で是正する……というのは一般的な理論だが、なんとその先に三次分配という聞き慣れぬ手法があるという。

     中国経済網の記事によると、このキーワードの初出は1994年に出版された厲以寧(リー・イーニン)著『株式制と現代市場経済』(江蘇人民出版社)。「個人が自発的に、習慣と道徳の影響の下に、可処分所得の一部分または大部分を寄付すること」を意味するという。同書の出版から20年あまりが過ぎた2019年の四中全会(中国共産党第19期中央委員会第4回全体会議)、2020年の五中全会(中国共産党第19期中央委員会第5回全体会議)で、慈善活動の発展を促すとして言及されていた。

     慈善活動を促すだけならば、富裕層が恐れる必要はなかろうが、習近平主席は三次分配に関連して、「高収入を合理的に調節し、違法収入を取り締まる」と発言している。中国の富裕層といえば、改革開放政策が始まってから過去40年間に成り上がった人ばかり。みな叩けばほこりが出る体だけに、この発言に震え上がるのは無理からぬところだ。

     素早い動きを見せたのが、中国IT大手のテンセントだ。時価総額で中国トップの大企業だが、共同富裕発言の翌日、農村振興や低所得者の支援に500億元(約8500億円)を寄付すると発表した。同社は今年4月にもSDGs支援として500億元の寄付を発表したばかり。わずか4か月の間に1000億元(約1兆7000億円)の出費となったが、お上に叱られて「高収入を合理的に調節されるよりも、自発的に寄付したほうがまだ傷は少ない」との算段だろうか。

     新興EC(電子商取引)企業のピンドゥオドゥオも24日、農民支援に100億元(約1700億円)を寄付すると発表。大手スマートフォンメーカー・シャオミの創業者である雷軍(レイ・ジュン)は172億元(約2900億円)の株式を慈善機関に寄付したと発表した。今後もこうした動きは拡大しそうだ。

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    庶民の支持を得て続投狙う習近平

     中国共産党といえば、政権奪取後に資産家や地主を打倒し、私有財産保有を禁止。社会主義経済を確立したという歴史がある。ゆえに、政治体制が先祖返りして、財産を巻き上げられるというリスクを富裕層は常々意識している。だからこそ多くの富裕層が海外に財産を移し、子どもに海外の国籍を取得させ……とリスク回避に努めてきた。今回の共同富裕発言で「ついに恐れていた事態がやって来た!」との反応が広がるのも不思議ではない。

     中国共産党中央財政弁公室の韓文秀(ハン・ウェンシュー)は26日、「『殺富済貧』(金持ちを殺して貧民を救う)ではない、寄付控除などの制度を用意するとの意味だ」と説明している。わざわざ言及しなければならないほど、懸念が広がっていることの現れと言える。

     というのも、中国ではなにかというと政治運動的な急激な動きへと発展してしまう。最近では学習塾禁止令が好例だ。予備校やオンライン教育サービスは非営利機関へと転換するよう命じられた。既に破綻した企業も出ており、数十万人の雇用が失われるとも見られている。学習塾で働いていた人には大打撃だが、一般庶民からは「学習塾は子どもに良い暮らしをさせたいという親の気持ちにつけこんで、高い授業料を奪ってきた。自業自得だ」と支持する声も少なくない。

     格差を是正するならば、自発的な寄付に期待するよりも前に、もっと確実な制度的な手当が必要だろう。中国では未だに相続税、不動産資産に課税する物権税(固定資産税)が整備されていない。つまり、二次分配がまだまだ不十分なのだ。これらの税金を導入すると、不動産価格に大きな影響を与え中国経済を不安定化させる懸念があるほか、不動産資産を持つ中産層から猛反発を買う恐れもある。格差是正には最も効果的であっても、なかなか導入できないゆえんだ。

     一方、富裕層叩きならば、実際の効果はともかく一般庶民からの支持は得られる。大多数の人が賛同するならば、一部の人々に凄まじい痛みを与えても許容される。これもまた一種のポピュリズムと言えるだろう。三次分配も富裕層にとっては恐怖だが、一般庶民から支持されることは間違いない。習近平主席の任期は来年秋の党大会まで。慣例ならば2期10年を務めて引退となるところだが、絶大な権力を手にし、しかも後継者が見当たらない今は続投する可能性が高い。庶民の習近平人気の高まりは続投の後押しともなりそうだ。

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