福嶋健二

場の量子論における「真空」とは決して空っぽの状態ではない。クォークやグルーオンから見た空っぽの真空を摂動的真空ハドロンから見た空っぽの真空を QCD 真空と、慣例的に呼び分けている。ハドロンはすでにクォークとグルーオンの非摂動的な状態だから、QCD 真空はハドロンをハドロンのまま安定化するような機構を内在していなければならない。このような機構の帰結として、物質の質量の 98 % が自然と導かれるのである。ハドロンの安定性はカラー閉じ込め、質量の起源はカイラル対称性の自発的破れとそれぞれ密接に関係している。こうした非摂動的な QCD 真空構造の面白いところは、もしも QCD が正しく解けさえすれば勝手に出てくるはずのもの、だというところである。格子 QCD シミュレーションによる数値的な証拠により、QCD 物理の専門家の多くは、カラー閉じ込めとカイラル対称性の自発的破れについて、すでに本質的な部分は理解したと思っている。しかしそもそも「理解する」とは一体どういうことなのか? 数値的に計算できるようになればよいのか、それとも重要な自由度を抽出して簡単な描像を打ち出すべきなのか、それとも厳密な不等式で制限をかけていくことなのか。人によって「理解」の解釈が違っているからこそ、QCD 物理のアプローチは多岐にわたり、QCD 物理の専門家の間でさえ、ときに苛烈な舌戦を余儀なくされる。このような謂わば形而上学的な議論にも果敢に立ち向かうのが、QCD 物理の魅力だと言えはしないだろうか。

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