金森俊樹

問題はもっぱら執行面にある。申告納税を基本とする中で、納税意識の高い者だけが納税し、課税当局も「取れるところから取る」という安易な発想に走りがちという構図は、残念ながら昔も今も変わらない。
一例を挙げよう。各種国際機関に勤務し退職後受けている年金、国際機関に預けた資金から得ている運用益(一部国際機関にはそういう制度がある)は、日本の年金等と同様課税対象だが、筆者の知る限り、申告されていない場合が多いようだ。しかも国際機関の年金は、国内の年金等に比べ、はるかに有利で高額な場合が多い。課税上の扱いが不明朗だったこと、国際機関職員は現役時非課税扱いで、残念ながら、あまり納税意識のない人が多いためだろう。
課税上の扱いが不明朗だったのは、国際機関のOBには社会的に名の通った人も多く、課税当局が「遠慮」や「忖度」(?)をしたためという噂まである。ありえない話だが、こうした噂が流れていること自体、ゆゆしき問題だ。
国税庁も最近ようやくそのHPで課税対象である旨明記したが(No.1622 「国際機関に勤務していた人が受給する退職年金に関する課税関係」)、そもそもHPは問題意識のある人しか見ないのではないか。退職して日本に戻っても、年金は海外口座で受け取っているなどは確信犯の可能性がある。
課税対象だと聞いても、「税務署から指摘されない限りは知らない」「それでは居住地を海外に移し、逃げ切ろう」というような不届きな声ばかり聞こえてくる。非居住者になれば非課税だが、もちろん居住者であった期間の所得まで遡って非課税になるわけではない。さらに、「グロスアップ」と称して、課税された場合、その金額を追加で支給するという国際機関があるとも聞く。その場合、当然、追加支給された分も課税所得となる。
最も単純かつ完全な解決策は、国際機関に年金等の支給者リストを提出させることだが、某国際機関は守秘義務を楯に提出を拒んでいるという。徴税面の国際協調が叫ばれる中で時代錯誤の認識だと言わざるを得ない。そもそも守秘義務はこうした時のためにあるものではない。
「申告していない者がいるのに、なぜ自分だけが」という理屈は通用しないが、適正に納税している者の感情としては理解できる。課税当局は事ある毎に「国民の納税意識が高まることを期待している」と言う。その通りだが、残念ながら、現実はそうなっていない。「公平」原則を甘く見ていると、性善説に立つ申告納税制度は崩壊しかねない。

One thought on “金森俊樹

  1. shinichi Post author

    「公平」原則を甘く見ると、申告納税制は崩壊する

    by 金森 俊樹

    2019.6.24

    「簡素・中立・公平」は、現在も守られるべき課税の重要基本原則だ。しかし、昨今の消費税増税に関わる議論や、国際機関年金などの例を見ると、現実は危うい。元財務省官僚が課税に対する国の姿勢を憂う。

    https://gentosha-go.com/articles/-/21812

    「簡素」原則に反する消費税引き上げ議論

    学生時代、財政学の講義で、課税の3原則は「簡素」「中立」「公平」と習った。相当昔の話であるので、現在はどうかと思い、国税庁を抱える財務省HPを見ると、「税制」→「身近な税」→「もっと知りたい税のこと」でこの3原則が掲げられている。今も課税当局のお墨付きを得た原則ということになるが、現実がこれら原則に照らしてどうかとなると、はなはだ心もとない。

    「簡素」は税の仕組みを簡素にして、理解しやすいものにすることだが、歴史的に様々な事情で導入されてきた各種租税特別措置(租特)はこの原則に反する。昨今の消費税率引き上げに伴う軽減税率の議論も、この原則を完全に無視している。

    おそらく、課税当局はできるだけ租特は廃止し、軽減税率も回避したいと思っているはずで、一部利害関係者の意向を体した(または誤解した)政治家の問題だ。大半の賢明な選挙民は消費税の構造が複雑怪奇になるより、わかりやすい一律税率を望んでいるのではないか。

    そもそも現在の8%も、いきなり10%は納税者が受け入れ難いということで、10%と5%の間に設定されたものだが、当初から計算し難いということで不評を買っていることはよく知られている。

    「中立」原則と経済政策の側面

    「中立」については若干議論がある。「税が個人や企業の合理的な経済行動を歪めない」というもので、その理屈自体は間違いではないが、減税で景気を刺激する、あるいは特定の行為(例えば寄付)を誘発、または抑止するために減税(租特はまさにこれ)や増税をするなど、経済政策としての側面がある。

    実はそうした面では他の政策より有効な場合が多い。「中立」原則は税の経済政策としての側面まで否定するものであってはならない。むしろ問題はその際、「簡素」との両立をどう図るかということで、その点こそがもっと検討されてしかるべきだろう。

    「性善説」に立つ申告納税制の限界…国際機関年金の例

    「公平」は、その扱いが最も困難で微妙な問題だ。特に個人所得税については何が「公平」か、昔からいわゆる「クロヨン」など多くの議論があるが、少なくとも同じ経済状態にある者の同じ所得には等しく課税すべきという点に異論はないはずで、制度も当然そうなっている。

    問題はもっぱら執行面にある。申告納税を基本とする中で、納税意識の高い者だけが納税し、課税当局も「取れるところから取る」という安易な発想に走りがちという構図は、残念ながら昔も今も変わらない。

    一例を挙げよう。各種国際機関に勤務し退職後受けている年金、国際機関に預けた資金から得ている運用益(一部国際機関にはそういう制度がある)は、日本の年金等と同様課税対象だが、筆者の知る限り、申告されていない場合が多いようだ。しかも国際機関の年金は、国内の年金等に比べ、はるかに有利で高額な場合が多い。課税上の扱いが不明朗だったこと、国際機関職員は現役時非課税扱いで、残念ながら、あまり納税意識のない人が多いためだろう。

    課税上の扱いが不明朗だったのは、国際機関のOBには社会的に名の通った人も多く、課税当局が「遠慮」や「忖度」(?)をしたためという噂まである。ありえない話だが、こうした噂が流れていること自体、ゆゆしき問題だ。

    国税庁も最近ようやくそのHPで課税対象である旨明記したが(No.1622 「国際機関に勤務していた人が受給する退職年金に関する課税関係」)、そもそもHPは問題意識のある人しか見ないのではないか。退職して日本に戻っても、年金は海外口座で受け取っているなどは確信犯の可能性がある。

    課税対象だと聞いても、「税務署から指摘されない限りは知らない」「それでは居住地を海外に移し、逃げ切ろう」というような不届きな声ばかり聞こえてくる。非居住者になれば非課税だが、もちろん居住者であった期間の所得まで遡って非課税になるわけではない。さらに、「グロスアップ」と称して、課税された場合、その金額を追加で支給するという国際機関があるとも聞く。その場合、当然、追加支給された分も課税所得となる。

    最も単純かつ完全な解決策は、国際機関に年金等の支給者リストを提出させることだが、某国際機関は守秘義務を楯に提出を拒んでいるという。徴税面の国際協調が叫ばれる中で時代錯誤の認識だと言わざるを得ない。そもそも守秘義務はこうした時のためにあるものではない。

    「申告していない者がいるのに、なぜ自分だけが」という理屈は通用しないが、適正に納税している者の感情としては理解できる。課税当局は事ある毎に「国民の納税意識が高まることを期待している」と言う。その通りだが、残念ながら、現実はそうなっていない。「公平」原則を甘く見ていると、性善説に立つ申告納税制度は崩壊しかねない。

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