土屋秀夫

古本のような女をめくり遅日

**

冬木立どの木も過去に遇ったひと

3 thoughts on “土屋秀夫

  1. shinichi Post author

    鳥の緯度
    土屋秀夫 句集

    **

    (「帯」より)
    蝶生る闇にハサミを入れる時
    白地図の白い山脈鳥帰る
    蒲公英はすべての風に名を付ける
    刺青もピアスも春の愁かな
    大阪の黒鯛泥臭く古典好き
    蠅と居て見て見ぬふりの上手くなり
    おごそかな距離に並んで冷奴
    魂のところが苦い干し鰯
    美しき数列氷柱に芯はない
    折皺の通りに畳む初あかり

    北から南から鳥は日本に渡ってくる
    赤い実を食べた鳥が私の荒地に種を落とした
    種は俳句となって草花をさかせた
    俳句の交わりから、詩のミューズから
    到来した種が育って荒地は草原になった

    **

    家ごとに巨魚煮つめおり春の星
    魂のところが苦し干し鰯
    一度だけ訂正できる真葛原
    武者小路実篤が床の間にあり鯖定食
    コピー紙をさばき蝸牛を見失う
    短編のはじめに葬儀アマリリス
    うしろから雨に抱かるる鶴の寺
    手紙を読むように漬ける白菜
    冷蔵庫あけるに少し抵抗す
    あちこちが座礁している秋の空
    さっきまで誰かいた部屋雪あかり
    緑陰に座して女神のようなひと
    もう父を忘れし母のアイスティー
    満月の永久機関に船出せり

    **

    舐めて貼る八十二円レノンの忌
    菜畑の奥に廃業ラブホテル
    赤とんぼ物流倉庫という荒野
    じゃが芋が鈍器のように置かれあり
    寒晴の肉感的な椅子の脚
    過去のあるビロードの椅子青嵐
    木守柿通勤準急加速する
    叡山をむこうにまわし赤蛙
    アロハ着てパチンコ打ちにいく自由
    電気ケトルの先に原子炉すべりひゆ

    **

    Reply
  2. shinichi Post author

    いつまでも見送っている案山子かな
    さや豌豆つる延命の管青し
    そこにある祖父のマントの侵略史
    ブルーシート主は不在梅早し
    六十ですべてを捨つる梅一輪
    初夢を篩にかけて残るもの
    名刺入れ丸ごと焼いて雑煮食う
    如月や分家の格を教えられ
    忘れもの戻れば墓地に青嵐
    新米を供えながらも恨み言
    春めくや蛇口の錆の血の味よ
    洗ひ髪トマトをかじる女中部屋
    浮塵子なら日没までの舞踏会
    玉音のそらへそらへと夏の蝶
    生誕の血煙向こうから春の月
    田植えすみ大海原のあらわるる
    目を閉じて水のありかを聴く守宮
    稲という草の実食ってアジアかな
    空き缶をつぶす音聞く羽根布団
    繋船の順に乗り越え春の潮
    肋骨を削る裏庭風涼し
    身の始末念頭にして霧を吹く
    辣韮を三つぶ小皿においてみる
    退去する軒に風鈴吊るし置く
    風鈴をひとつ鳴らして父帰る

    Reply

Leave a Reply to shinichi Cancel reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *